下校途中、今日は帰ってなにをしようかと思いながら歩いていた。
でもボクの財布の中には61円しか入っていないし、もうさっさと帰って家でプレステでもするしか選択肢がなさげな状況なんだけどね。
一人で帰る家路はなんだかつまらない。ちょっと前まで、ほんの2年前まではそれが当たり前だったのに、一人をつまらないと口に出せる幸せについて考える。だって本当にひとりぼっちだったときは、一人がつまらないなんて思わなかったもの。それを認めてしまったら、たんだか立ち上がれなくなっちゃうから、さ。
町並みがオレンジ色に燻る秋の夕暮れ。
陽が落ちるのがなんて早くなったんだろうと思う。金木犀も咲き終わってあの秋らしい甘い匂いが街から遠ざかったら11月が目前までやってきていた。歩くボクの前に長い影が落ちる。
今日は杏子も城之内君もバイトだからつまんないね?
そうもう一人のボクと話ながら歩いてたんだ。
(あれ?)
駅前近くのハンバーガーショップの前で、小学生の男の子がランドセル姿でウロウロしている。
(・・・あれってさぁ)
(・・・モクバじゃないのか)
(・・・だよねぇ?)
長い髪に、黒のセーターに赤いマフラー。
ランドセルを背負って両手には大きな紙包みを抱えて店の入口で思案顔。
「モクバくん?」
その背中に近づいて、ボクは肩を叩きながら名前を呼んだ。
びくっとしてから振り返った顔は、ボクを見てホッとしたようにため息をついた。
「なんだ、遊戯かぁ。おどかすなよな!」
ビックリしたからなのか頬を赤くして目を丸くしている。
この半年の間に、なんだかみんなの弟分みたいなポジションを確立してしまった少年は、そう言ったかと思うと、急にボクの手を掴んだ。
「そうだ!遊戯!!奢るからちょっとオレにつきあってくれよ〜!」
え?え?と思ってるうちに、ボクは店内へと引きずり込まれていた。
*
* *
「なんかさぁ。兄サマが嫌がるんだよな、オレがこういうの食うの。昔はそんなことなかったのに」
モクバくんはストローでチョコシェイクを満足げに飲みながら、食べ尽くしたハンバーガーやナゲットの包み紙や空箱を眺めてそう言った。
「海馬くんが?」
ボクがそう聞くとモクバくんは、こくん、と頭を下げる。
「体に悪いだのなんだの、口うるさいったらないんだもん」
(へぇ〜)
(意外と海馬は過保護なところがあるな)
(でもいいお兄ちゃんだよね!)
あまり興味なさそうなもうひとりのボクに、ボクは一生懸命話し掛ける。
「そうなんだぜぃ・・・こういうのばっかり食べてると馬鹿になるって言うんだ、兄サマ」
そういわれて、ボクはちょっとショックを受けた。だってボクは”好きな食べ物”って聞かれたら、”ハンバーガー!”って即答できるくらいに好きなんだもん・・・そっか、海馬くんは好きじゃないのか。
(オ、オレは好きだぜ?相棒!)
ボクのガックリが伝わったのか、オロオロした声でもう一人のボクがそう言ってくる。
(うん・・・そうだね。もう一人のボク)
「あ〜あ。昔はこんなことなかったのになぁ・・・」
最後のポテトを惜しむように食べながら、モクバくんはため息をついた。
そういえば昔、海馬邸に行ったときに、デンジャラスなハンバーガーを食べさせられたのを思い出しちゃったよ〜・・・そういえば海馬くんもモクバくんもあの頃とは随分変わっちゃったよねぇ。
「昔の方がよかった?」
白の学ランに王様マントを羽織って高笑いする海馬くんを脳裏に浮かべながらなんとなく苦笑いしながらそう聞いた。するとモクバくんは急に真顔になった。
「でも兄サマ、あの頃はオレのことなんて全然気にかけてくれてなかったから」
(だからコレも兄サマなりの愛情表現なんだってわかってるんだけど)と、またため息をつかれた。
たしかにあの頃の海馬君は、ちゃんと弟が目に入ってないところがあったから、もうひとりのボクがしたことは、結果的に海馬くんにとってもモクバくんにとってもいいことだったんだよね?と考える。
そういえばさっきから気になってたんだけど、モクバ君が抱え込んだままの紙包みはなんだろう。
「さっきから大事そうに抱えてるけど、その包みってなに?」
首を傾げながらモクバにそう聞くとモクバくんはニヤッを笑って見せる。
「今日はそう言えば、兄サマの誕生日なんだぜぃ!」
そう言われた瞬間に、ボクの中で自分の所持金と店中に貼られた広告の数字がすっと一致した。
*
* *
「じゃあな。遊戯!サンキューだぜぃ!」
これから海馬コーポレーションに寄って、今日も遅くにしか帰ってこない海馬くんにせめてプレゼントを渡しに行くのだというモクバくんに、ボクは小さな紙袋を預けた。
「じゃあコレ、残業中の海馬くんに誕生日おめでとう!って渡してね」
紙袋の中身は、今しがたまで二人で食べていたハンバーガーがひとつ。
お陰でボクの財布の中身はニッケルのコインひとつ残っていない。
(わかった!またな、遊戯!!)
ブンブンと手を振ってるモクバくんに、ボクもひらひらと手を振り返す。
(相棒)
心の中でボクを呼ぶ声がする。
(なに?もう一人のボク)
夕暮れの街に溶けていく小さなランドセルを見送ってボクもゆっくりと家路につく。
(・・・誕生日プレゼントって言うのは、普通相手が好きなものや欲しがるものをやるんじゃないのか?)
ねぇ、それはヤキモチなの?と思いながらもボクは意地悪く返事する。
(えー、いいじゃない!だってボク、ハンバーガー好きだもん!それにこういうプレゼントはさー、自分の好きな人に自分の好きなものを好きになって欲しいなぁってことでアリなんだよ!!)
ボクはどういえばキミが困った顔をするのか、百も承知なんだけどな。
そして案の定、そういうと黙り込んでしまったのがなんだか可哀想で。
だからこれはボクなりのキミへのボーナストラック。
(じゃあキミの誕生日がわかったら、その時はキミが一番欲しいモノをあげるね)
そう笑いながらボクは彼に囁いた。
秋の午後のささやかな幸せの情景。
ねぇ。こんな風にキミのことも海馬君のことも大好きな僕は、ズルイ男なのかな(笑)?
the
end