after cafe sweets
 
「甘いものは好きじゃない」
 目の前に置かれたフルーツケーキを一瞥し、開口一番、海馬はそんな可愛くないことを言った。
 
* * *
 
今日はバイトの給料日だったのだ。
 夏休みをほぼ丸ごと埋める勢いで入っていただけに、結構な金額が振り込まれていて、オレは上機嫌で銀行を後にした。
 ふと思い出すのは、今日のバイトの昼休み、社員のお姉さん達との会話。
(城之内くん初めてのバイト代って、何に使った?)
 
 今のバイト先で唯一の十代ということが災いしてか、オレはフロント詰めの彼女たちにとって本当にいいオモチャだった。
(あー・・・オレ、米買いましたよ。特売で)
 そう口にした瞬間、四方からブーイングが飛んだ。
(夢がない!城之内くん!!)
 そんなことをいわれても、それが貧困に窮した我が家の現実なのだから仕方ない。
(んじゃあ、主任はなに買ったんすか?)
 話の中心にいたオレより十歳は年上の彼女にそう聞くと、ちょっと待って!と記憶を辿る顔をした。
(私が高校生の時だから・・・思いだした!家族にたこ焼き買って帰ったわ。年賀状のバイトで、冬だったから)
 キツイ化粧とバランスのとれない答えにオレが笑うと、照れた彼女に叱られた。
(でもいい話っすね)
 
 そういえば自分はそんなことをした記憶がないな、と思い至る。中学の頃からバイトで入ってきた金は全部、オヤジが家に入れる金では足りない分の生活費に消えていった。自分の欲しいモノを買うことがあったけど、そんな風に団欒のために使った記憶なんて無かったな。
 
 そう思った瞬間、オレはそんな光景が羨ましくて仕方なくなったんだ。
 
* * *
 
「甘いものは好きじゃない」
 
 ここで最初の話に戻る。
 バイトの帰りに今日は海馬の屋敷に寄る約束をしていた。ところが銀行を出た後、急に降り出した雨に傘を持ってなかったオレは近くの店先に雨宿りの場所を探す。
 ・・・そこが偶然獏良がひとりでお茶をしてたカフェだったから、奢られついでに話をしたのだ。そこで獏良があんまり美味そうにケーキを食ってたから、昼間の会話を思いだしてオレはそれと同じケーキを3つ買って店を出た。
 
「嘘つけよ。おまえ絶対コーヒーに砂糖入れるじゃねーの」
 お手伝いさんが運んできてくれたアイスコーヒーを飲みながらそう言うと、気にくわないという風にツンとそっぽを向いた。
「好きじゃない、といってる」
 まるで我が侭をいう子供みたいな態度にムッとして(むしろ少しガッカリして)、オレはため息をついた。
 
       それよりも。今日の夕方、誰かと駅前のカフェにいたな」
 
 不機嫌そうな声のまま、オレの顔を見ないようにして海馬がそんなことをいう。
「?」
 心当たりはあったが、海馬の意図するところがわからずに、首を傾げた。
 
「あ。」
 急に思い当たって思わず顔が赤くなった。
       雨の中、車でその前を通った。でもこっちを向いてたおまえしか見えなかった。」
 そんなオレの顔を見て、完全に背中を向けてしまった海馬の後ろ姿を見つめる。
 あのさぁ。それっておまえ、もしかして、さ。
 
「海馬」
 
(それって妬いてくれてんの?)

 そう口にすることは簡単だったけど、オレは敢えてそう訊かずにだたその名前を呼んだ。
 
「お茶にしようぜ?」
 ダメだ。やっぱどーやっても顔がニヤける。可愛すぎやしないか、そんなの。思わず声を出して笑ってしまうと、かたくなに窓の外を見てた海馬が、キッと振り返った。
 
「貴様は人の話を聞いてるのか?それともオレが怒ってるのもわからないのか?!」
 
 不機嫌なその顔も悔しいけど可愛く見えるんだ。
 なんとかは盲目。
 こみ上げる笑いを我慢して、おいでおいでと海馬を呼んだ。
 
「一口喰ったら答えてやるよ」
 
 ギッとこっちを睨みつけるようにして、何かを言おうとしてるその顔を見ながら、オレは出来るだけ甘ったるく笑って見せた。
 てっきり、テーブルをひっくり返して暴れるか、殴りかかってくるかと思ったが、海馬は意外なくらいに大人しくテーブルの向かいに座った。
 あくまでオレの顔は見ようとしないで、フォークを口元に運ぶ姿をじっとみていた。オレは海馬が何かを食べる姿を見てるのが好きなんだ。綺麗にうごくその指先を見てるのが。
「・・・食べたぞ」
 口を曲げるみたいにしてそう言うのさえ、目を細めて聴いてしまう。
 
「美味い?」
 こういうのをなんていうのか知っている。
 惚れた弱み、というやつだ。あからさまに(オレは食べたのに!)という顔をするから、罵詈雑言を吐かれる前に、フォークを握ったその手に触れた。
「今日バイトの給料日だったんだ」
 そういうと、海馬はオレの言葉がまるでわからないという顔をして、不審そうに眉を顰めた。
「貴様はなにが       !」
       なにが言いたいのだ、と、そう言いかけたセリフを遮った。
 
「だから、おまえになにか買ってこようと思って。夕方、雨宿りしたカフェでこれを買ってみた。たまたま居合わせた獏良が美味そうに食ってたから       
 
 そういうと、海馬はバツが悪そうにまた俯いてしまった。
 
「なぁ。美味い?」
 心の底から笑いとともにこみ上げてくるのはいいようがない幸福感。
 
「・・・まぁまぁだな」
 
 幸福そのものを金で買うことは絶対にできない。
 それは以前海馬に一笑に付されたオレの持論だったけど、それをちょっと撤回してもいいなと思った。だって誰かのために使うささやかな金が、こうやってオレに驚くほどの幸せを運ぶこともあるんだから。
 
        赤いフルーツを口にしたせいかいつもより艶っぽい海馬の唇に、オレは音をたてるような甘ったるいキスをした。

 

 

the end