大きな茶色いソファーにの脇に膝をついて、横わたって小さな寝息を立てる宿主様の髪をゆっくりと撫でていた。ソファーあんまり強く触ったら、なんか起きちまいそうだから、風が揺らすみたいにしか触れねぇ。
「本当に貴様は、そいつのことが好きなんだねぇ」
オレ達とは反対側のソファーのへりに腰掛けて、ジッとこっちを見ていたマリクが呆れたみたいにそう言った。
「ウルセェ。テメェなんざにゃ関係ねぇよ、黙ってな」
唇に左人差し指を立てて、低い声でそう言った。
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王様のお陰で意識ごとぶっ飛んだオレ様は、宿主の心の中に、この諸悪の根元の片割れもろともに押し込まれちまった。
実際はあの決闘艇の医務室ってとこだろうが、一度ここに閉じこまれちまったら、本体の気力が多少回復しねぇ限りは表に出て行くことが出来ねぇ。
ずっと眠ったまんまの宿主様はこんなおそるおそる触ってみたところで起きやしないことをオレ様はよく知ってる。
起きて欲しくても起きてくれたりしねーんだよ。
オレなんかと口なんて聞いてくれやしねーんだよ。
「ねぇ。ところでさぁ。ここってドコ?誰かの家?」
こっちのナーバスな雰囲気なんかドコ吹く風といった様子のマリクがキョロキョロしながらそう言った。
高い天井、飾りものの暖炉があるような洋風のリビングっぽい空間に、ちょっと古いカンジの調度品。暖炉前には使い込まれた革製のソファーセットと樫木のテーブル。テーブルの上には作りかけのプラモデルやら写真集が積み上げられている。そういう風に言うと乱雑な光景を想像するが、その性格が出ているかのようにその全てが整然と積まれていた。
「・・・コイツが生まれた家のリビングだ。もう何年も戻ってねぇがな」
オレは宿主様が眠るソファーの前の床に座り込んで、マリクを見上げた。
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「多重人格者の意識の中には複数の部屋があるってよく言うけど、ここもそういう場所なんだろうね」
マリクは千年ロッドを口元にあてがうみたいにしてそう呟く。
「・・・ここで二人して話し合ったりするわけ?貴様らも」
(あの王様達みたいに)と、そういう言い回しで聞いてきたから、ちょっとカチンと来た。ウゼェな、こいつ。
「話し合いをなんざしたことねぇよ・・・こいつは滅多にオレの話に耳を傾けたりしねぇからな」
その存在にただ気づかれるのさえ、いったいどれだけ時間がかかったか。まぁ気づいて貰えたと思ったら、あっという間に追い出されたけどよ(笑)。
まぁ当たり前といえば当たり前だ、実際恨まれるようなことしかしちゃあいねェ。
それなのにコイツは、なんでオレの甘言ひとつで、千年リングをまた身につけたりしたんだ。オレが言うのもなんだがよ、宿主様にとっちゃあ、なんにもいいことなんざねーだろうにな。
「片思い?」
面白そうにそういって笑うマリクを無視して、寝返りを打ってソファーから落ちそうになる宿主様の身体を押さえてそっと元に戻した。
苦しそうな寝顔。眉を顰めるみたいにして、まるでオレに触られてんのが分かってるみたいに。
ああ、そうだ。
いつだってコイツはオレにバイバイすることが出来る。
そりゃもうどんな女を捨てるのより簡単に。
そしてそんな日が絶対来るに決まってる。
・・・好かれてねぇからな、オレは。
「ウルセェ・・・オレが好きなんだら、かまやしねぇんだよ」
絶対に面と向かって言えねぇ言葉を口にして、苦しそうにゆがんだ顔に胸を痛めながら、オレはその頬をそっと撫でた。
綺麗な寝顔に、花をいっぱい飾ってやりたくて。
前に一度、マンションのまで手折ってきた花を眠る枕元に飾ってやった。ジャスミンの花に似た、甘い香りがしたからだ。
昔暮らしたカラーファの街中になら、当たり前のようにそこかしこの道ばたで売られているジャスミンの花飾り。朝ごとに霊廟に供物として捧げられ、陽が落ちる頃には茶色く朽ちる。だた短い時を濃厚な甘い香りで彩る花。
ああいう匂いが似合うと思った。目を閉じても、そこに居るのが判るみたいな、そんな匂いが。
あいにくその花は宿主様のお気に召さないモノだったらしく、目が覚めるなり泣いて怒られた。
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マリクはそんなオレに呆れるみたいにため息をついた。いや、呆れるのか羨むのか、判別しがたい絶妙さだった。
「相談がある・・・僕にだって守りたいものがあるんだ」
・・・・・・そんな続きは、またどこか違う場所で語られる話として。
to
be continued
2002.3.21 textby:MAERI.KAWATOH