「あ。雪降ってきた」
学食で窓の外を見ながら、横顔をオレに見せながら御伽がぽつりとそう言った。
オレはその横顔の耳元にちらつくピアスにぶら下がったダイスを見ながら、興味なさげな声で、ああ、と返す。
御伽は、苦笑いしながら「相変わらずキミは情緒が無いねぇ」と言って笑う。ちょっと嫌みっぽさが残るようなお高くとまった口調が気にならなくなる程度に長くなってきた交友関係。
年明けの学食は弁当を持ってきてない奴らで賑わっていて、オレと御伽と獏良はなんとか陣取ったいつもの席についたところだった。
「本田くん、御伽くん、お茶いる?」
ドンブリが載ったプラスチックのプレートを手にした獏良が、陽気な顔をして近寄ってくる。オレ達がいつも座るこの席は、真横にストーブがあるから冬場は人気の区画なのだ。ここだと長テーブルの一番端だから、ほうじ茶が入ったヤカンや伏せたコップ、醤油なんかの調味料も近くにあって楽でいい。
「獏良、今日はなに食うんだ?」
きっとオレの顔はさぞ苦々しくゆがんでるんだろうなぁと思いながら、獏良にそう聞いた。女どもみたいに席に連れが全員着くまで待つこともなく、オレは月見うどんとAランチ、御伽は親子丼を食い始めたところだった。
「今日?きょうはねぇ、カレーうどんにしたよ。寒いから」
御伽の横に座って、三人分のお茶をプラスチックの湯飲みに注ぎながら獏良がそう言う。見れば御伽もその獏良の丼の中身を見つつ薄笑いを浮かべていた。なぜならそのカレーうどんの表面は、綺麗なクリーム色で埋まっているからだ。
どうしてカレーうどんに、そんな大量のマヨネーズを入れる必要があるのか判るように教えて貰いたい・・・。
「なぁ、毎回聞くようだけど、それって本当に旨いのか?」
馴染みの学食カレーの匂いを消し去りそうなくらいのマヨネーズ臭(温かさもあいまって絶妙な匂いのコントラストだ)に胸がウッとなりそうだ。
獏良はすっと伸びた背筋に箸を持つ姿勢が綺麗で、その口にしてるものとのギャップがものすごい。コイツは学食のメニューの何にでもマヨネーズをいれてしまうという悪癖がある。そしてその奇怪な味覚は、教室で弁当組の城之内達は知らない筈だ。
「美味しいよ!本田くんもそのうどんに入れればいいのに!!」
別にどこででもというわけでなく、この学食のマヨネーズが好きなのだという。ちなみみに付け合わせの野菜用に調理場に置いているちょっと酸っぱい味がするドロッとしたマヨネーズで、学食のおばちゃんと仲がいい獏良は、本人曰く特別に入れて貰っているらしい・・・オエェ・・・。
「あーあ。いやんなっちゃうよねぇ。冬休みってどうしてこう短いんだろう」
そんな獏良を平然とした顔で見ながら、箸を動かしながら喋る御伽の丼の中身も本当は異様なのだ。なぜなら親子丼に乗った卵の黄色が、もはや赤くなるくらいに、七味(そらオマエ、うどんのためにテーブルに置かれたモノだ!)が掛けられているのである。辛くないのかと何度も聞いたことがあるが、
「そうだなぁ。家だと一味なんだけど、七味だとイマイチ味がボヤケるかなぁ」
こいつらが2人とも変なのか、それともオレだけが変なのか。ちゅーか、オレはまともだ!
そう叫びたいのを堪えて、オレはさっき紙コップのホットコーヒーと一緒にとってきたガムシロを、獏良が入れてくれたほうじ茶に入れて持っていた箸でかき混ぜた。
「・・・今さぁ、本田は自分の味覚だけはマトモだって思ってるでしょ?」
のんびりした穏やかな声で御伽がオレに聞いてくる。
「当然。」
一気に湯飲みのお茶を飲み干したオレは、二人に向かってキッパリとそう言い切った。
その瞬間、ケッ、と御伽が悪態をつく。
「学食のほうじ茶にガムシロ入れるような人に、とやかく言われたくないねぇー!」
すっげぇ悪趣味ぃ〜!と、御伽と獏良は二人して顔を見合わせる様に頷きあう。
「ウルセェー!なんで紅茶や珈琲に砂糖入れるのはフツーでほうじ茶はダメなんだよ!!」
少なくともウチのほうじ茶は子供の頃から甘かったんだ!!
ドン!とオレが机を叩くと、後ろを通った学食のおばちゃんに、静かにしな!と頭をバチンと叩かれて目の前に星がとんだ。
「まぁ他人の味覚にとやかく口出してるから、天罰が降りたってトコだね」
しゃらっとした顔で笑う二人は、その笑顔だけは天使のようだったのだけど。
*fin*
・・・気持ち悪い話ですいません(苦笑)。