城之内くんが風邪をひいて寝込みました。
こんな春先にインフルエンザなんてついてないにもほどがあります。せんべい布団の中でゴホゴホと咳き込んでうなっている城之内くんを小さい瀬人は、机の上からじっと見てるよ!
「風邪うつるから直るまでベッドは立ち入り禁止!」
そういわれてるけど気になるから何度も近寄ろうとしては遠ざかってる小さい子。でもそのうち小さい子のご飯のために布団から起きあがるのも辛いくらいに熱が出てきたので、携帯でモクバを呼ぶことにした城之内くんです。
「…ごめん。そういう理由で、わりぃんだけど暫くコイツ預かってくんねぇ?なおったらオマエの言うことなんでも聞くから」
そういって商談を成立させた城之内くんです…が、三十分もしないうちに団地のドアを勝手に開けて入ってきたのは、小さい瀬人が大嫌いな大きい瀬人でした。
「どうしてオレに連絡をよこさないんだ!このバカ犬め!!」
そう怒鳴り散らすと、おい磯野、と呼ばれた黒服が布団の中でグッタリしてる城之内くんを抱えて連れて行ってしまいました。
「ひとさらいめ!じょうのうちをかえせ!!」
机の上で小さい子が叫ぶと、気がついた大きい瀬人が、意地悪い顔をするよ。そして小さい瀬人のおでこをパチンと指ではじいて転かします。
「かえせ!かえせ!!」
ひっくり返って足をばたばたさせる小さい子に、大きい瀬人は「これはオレの犬だ。貴様ごときの指図はうけんわ!」と高笑いしながら出て行ってしまいました。
バタン。
団地のドアが元通りに閉まると、小さい瀬人は今まで味わったことがないような静寂を味わいます。
ひとりぼっちでお留守番をしたことは何度もあったけど、こんな風に置いてけぼりにされたのは初めてでした。
「じょうのうち!…じょうのうち!!」
声を張り上げるように叫んでも、部屋はシンとしていてあの暖かい手はどこからも現れないのです。
「…ヤァァ…!」
小さい子はわんわん泣くよ。
先週買ってもらったばかりの洋服が涙でぼたぼたになっても城之内は戻ってきてくれないから泣きやまない。
「…ン…アァン!ウワァン!!」
とうとう涙で目が溶けそうになった頃、バタン、と扉が開く音がしました。
「あ!やっぱりここにいたんだ!」
城之内とは違う足音がバタバタと近づいてきます。
たまに城之内が小さい瀬人を預ける”モクバ”っていうヤツだ、と小さい子はその声を聞いて思いました。
「ヤァー!アー!!」
駄々をこねるみたいに手足をばたばたさせると、モクバが小さい子の頭をよしよしと撫でてくれます。
「城之内のところに連れて行ってやるから大人しくしろよな」
そう言われて、やっと小さい子は泣きやむよ?
「…じょうのうち?」
小さい子はそう名前を呼ぶだけでじくじくと痛むおなかの上を小さな手のひらで押さえながらモクバを見上げました。
「ほら、いこうゼ」
そう言うモクバの手のひらに身体を掴まれても、いつもなら暴れる小さい子は目を見開いたまま大人しくしています。モクバの手のひらの体温は、ちょっとだけ大好きな城之内の体温みたいだと思いなら。
***
「もうちょっとしたらちゃんと会わせてやるから…」
城之内に逢わせてくれると言うから、大人しくついてきたのに、いつもの大きい家に来ても、城之内はいませんでした。
「……。」
小さい子は怒って口をきいてくれないよ。だまされた!って思ってる。
「急になに思ったんだか、兄サマが城之内の看病してるからさぁ。見つかったらオマエ、またトイレに流されちゃうぜぃ」
そうです。大きい瀬人は、小さい瀬人を見つけたらもれなくトイレに流します。大きい瀬人にとっても小さい子は疎ましい存在だよ!見たくないし、認めたくない!!そんなものは、さっくりトイレに流して忘れようという主義です。積極的な現実逃避ともいう。
「…ヤー…」
小さい声で不満を述べる小さい子。
モクバが小さい子の周りを埋め尽くすみたいに綺麗なお菓子や果物を並べてくれたけど、どれにも手をつけようとしないよ。食欲がないからあんなに好きだったチョコレートにも見向きもしない。
「まだ何にも食べないのかよ?そんなんだと倒れちゃうぜぃ」
モクバの部屋に来てからも、ぐずぐず泣き続けるばっかりで寝ようともしない小さい子にモクバもほとほと困り果てていました。
「あ、ひらめいた!」
部屋のローテーブルに俯せになって転がっている小さい子を見ていたモクバがポン、と手を叩きます。
「?」
首を傾げているとそのままパタパタと足早に部屋を出て行ってしまうよ。小さい瀬人はまたひとりぼっちです。ぐぅぅとお腹がなりました。
「…」
誰も見てないことを確認して、小さい瀬人は横に転がっていた苺を一口囓ります。いつもは城之内が「あーん」ってしてくれたのを食べるのに、今はひとりぼっちです。そう思うと一口食べただけでもう食べれなくなってしまった様子。
「ほら、これできっと寝れるぜ」
すっかり拗ねて机に転がっていると、帰ってきたモクバが小さい瀬人を掴みあげてどこかに放り込みました。
「ヤー」
真っ暗なそこに一瞬ひるむ小さい子。でもそこはよく知っている場所でした。灰色のくったりしたスウェット地は、城之内のパーカーのポケットです。
城之内の匂いがいっぱいするそこに入れられた小さい瀬人は、急に安心したから眠くなるよ。泣きすぎた目を指でむにむにして丸くなると瞼を閉じてすぐに眠ってしまいました。
***
さて、翌朝なじみ深い匂いにくるまれて目覚めた小さい瀬人ですが、すぐにからくりに気がつくよ!パーカーの中の人が初めっからいなかったことにね。しょーもないとこで勘のいい子…。
「うそつきめ!」
起きるなりパーカーのポッケからはい出してきた小さい瀬人はモクバをなじります。もうまるまる一日城之内に逢ってないので、不満たらたらだ。まるまる不満で出来てる小さい瀬人…でも大きい瀬人もおおよそ不満で出来ているので似たもの同士です。
「そんなコト言ってたらもう城之内のところに連れてってやらないぜぃ!」
いつもは優しいモクバも思わずそんなことを言うよ。
でもそう言われた途端、小さい瀬人は言われた意味がわからない風にキョトンとして、次の瞬間に「逢えない!」って解っちゃってボロボロ泣き出すから手に負えない…。
「ファァーン」
寝起きからぐずりだした子に困り果てたモクバは、城之内が寝てる客間に小さい子を連れて行こうとする。小さい子を両手でくるむみたいにして、パタパタと廊下を走っていくモクバ。
兄サマはもう会社に行ったはずだから、大丈夫!って思ってるんだ…。
ところがですよ。勢いよく客間のドアを開けたら、ベッドに持たれるみたいに寝こけてる大きい瀬人がいるわけでさ…。
もう起きあがってる城之内が口に指を当ててシーってしてる。
「兄サマ?」
モクバがそう言うより先に、手の中から飛び降りてトムとジェリーのネズミのほうみたいな素早さで城之内のところに行っちゃう小さい瀬人。
ベッドの上に上がるために。もたれかかって寝てる大きい瀬人の背中を這い上がってやったぜ!
恋しい城之内くんの手のひらにたどり着いたら薬指にしがみついて泣きじゃくるよ!やっと逢えた!やっと!!
「…こいつちゃんと飯食ってる?」
あきれ顔でベッドに近づいてくるモクバに城之内がそう苦笑いしながら訊くよ。
「なにも食べなくて大変だぜぃ。…兄サマ、寝ちゃってるの?」
不安そうな顔でベッドに顔を伏せるみたいに眠る大きい瀬人を覗き込むモクバです。
「はは。起きてもコイツがいるからビビった」
のろけてくれちゃって…と思ってしまうような甘ったるい顔で笑う城之内にモクバは思わずため息が出るよ。
「なぁ。兄サマ起こした方がいい?」
といってもまるで起きる気配がない大きい瀬人でした。
「あー…その前になんかコイツの餌持ってねぇ?」
城之内の指にぶら下がるみたいに甘えてる小さい子を指さしてそう訊きます。
「お菓子ならあるよ」
モクバはジャケットのポケットから、チョコレートボンボンが入った箱を取り出して、城之内に手渡しました。小さい子の為にシェフに作ってもらった小さいチョコレートボンボンです。
「あーあ。またお多福みたくなってるぞ」
泣きすぎて瞼が重くなってる小さい瀬人に、笑いながらつまみ上げたチョコレートをあげました。
あーんって口を開けて食べさせて貰うのも一日ぶりです。
甘いチョコレートの中にはライチのリキュールが入ってるよ。砂糖のザリザリしたのを噛んで、城之内にねだって3つほど食べたところでいい具合にアルコールがまわってぽてんとひっくり返る小さい瀬人でした。
「起きたら今度はちゃんと飯くわせてやって」
そういってつまみ上げた子をモクバの手のひらに城之内は載せてくれるよ。
「うん。じゃあ兄サマが起きないうちに戻るね」
バイバーイ。ってちょっと嬉しそうに聞き分けのよすぎる弟は自分の部屋に帰っていきました。鳥の雛みたいにうずくまってクゥクゥ眠っている小さい子を、来た時みたいに両手で包みながら、ね。
バタン、と扉が開く音で大きい瀬人も目が覚めます。
「…なんだ。熱は下がったのか?」
自分の頬を触る城之内の手が、昨日みたいに熱くないから、つまらなさそうにそう言いました。
「おかげさまで」
子供みたいに開けっぴろげな笑顔でそう言って笑うから、憎まれ口を叩こうとしてた大きい瀬人も、フン、とだけ言って、急に何か気になったみたいに目を細めます。
そして自分の頬に触れる城之内の手首を掴むとその指先匂いをくんと嗅いで、いきなり薬指に噛みつきました。
「…海馬?」
顔をゆがめながら、唾液に濡れた薄い唇に見とれる城之内が名前を呼ぶと、嫉妬するみたいにわざと強く歯を立てます。
その指はさっきまで小さい瀬人が掴んで離さなかった指でした。
「乳臭いな」
城之内の指を噛んだ大きい瀬人が、そんなことを言ったとか言わないとか。
THE END
2004.5.1
text by:MAERI.KAWATOH
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