童実野高校昼食事情 side教室
act.1

「もぉ〜!はやく代わってってばぁ・・・」
 
 机の上に置かれた弁当箱を前にして、遊戯が小さく呟いた。
 正月が終わって3学期の初めの登校日。のっけから古典と英語Rの小テストがあって、ウンザリした気分で向かえた昼休みだった。
 オレと杏子がいつものように弁当片手で遊戯の座る一番後ろの座席にくると、遊戯はしかめっ面で頬をふくらませて、何やらブツブツともう一人の自分にであろう文句を口ずさんでいた。
「ん?なにやってんの。遊戯、もう飯の時間だぜ」
 そういうと、唇を尖らせるようにして、オレに向かってこう言った。
「・・・だってもう一人のボクが・・・」
 机の上の弁当をギュッと握って、顔をしかめる。
「遊戯、どうしちゃったの?」
 杏子がひょいっと、俯いた遊戯の顔を覗き込んだ。
「もぉー!子供扱いして〜!!」
 ・・・おそらくもう一人の自分となにやら話しているんだろうが、事情が判らずに見ていたら、ちょっと可哀想なカンジだろうな・・・。
「よしよし。話は後で聞いてやるからさぁ、とりあえず飯にしねぇ?オレ、マジで腹減ってるんだよねぇ」
 そういってプンプンしている遊戯の頭をポンポン、と叩くと(城之内くんまでヒドイや!!)と癇癪を起こされた。
「だってボク!今日のお弁当は食べたくないんだもん!!」
 遊戯はそう叫んで、バン!と机を叩いた。
 
***
 
「遊戯ってそういえば昔っからおせち嫌いだったわよねぇ〜」
 きゃらきゃらと笑いながら、杏子が遊戯の弁当箱のクワイを箸でつまんだ。
 遊戯の弁当箱は、いつものじゃない正月仕様(笑)で、仕出し弁当みたいな大きい正方形の一段に、ギッチリとオールキャストでお送りするおせち料理の数々と、小さい俵形のおにぎりが幾つか入っている。
「だってお母さん、毎年毎年ホンットぉに作りすぎるんだもん!もぅボク、飽きちゃったよ〜!だって今日は8日だよ?!ずぅっとずぅっとおせちだったんだよー!昨日の七草粥以外!」
 遊戯は、杏子にチョコメロンパンという施しを受けて、それをありがたーく頂戴してた。幸せそうに口を動かす様がメルヘンだった。
 
「遊戯食わないの?オレ食べていい?」
 そう言って遊戯の目の前にあるおせち料理を指す。
「えっ?えっ??」
 顔を赤くしてアワアワしてる遊戯の目の前に、自分の昼飯用にコンビニで買ってきた袋を差し出した。
「じゃあ交換ってことで!」
 そういって弁当箱(もう一の重って行った方がよさそうなカンジだけど)と、遊戯が殆ど手をつけてない箸を取り上げた。
「そのお箸、ボクもう使っちゃってるよー!城之内くん!!」
 慌てて取り返そうとする遊戯にアッカンベーと笑って返す。
「いただきまぁーす!」
 オロオロする遊戯を素知らぬ振りして、数の子を口にほうり込む。
 伊達巻きに田作りに矢羽根レンコン。クワイとこんにゃくとゴボウのうま煮に、くりきんとんまで入ってる。おせちなんて何年ぶりに食うんだろ。
 およそ正月らしい行事なんて、毎年元旦の朝にバイト先の配達所で食う雑煮くらいだと言ったら、きっと目の前の遊戯が困るだろうから口にはしねぇけど。
 
***
 
「城之内・・・あんたのパン選ぶセンスってあいかわらずねぇ・・・」
 遊戯が袋から取り出したパンを見て、杏子が呆れた顔をした。
「なんなのよ。この”ピカチュウのピッカリ蒸しケーキカスタードクリーム ”に”ハクリューのながーいスティックパン”ってのは。小学生じゃあるまいし〜!」
 思いっきりファンシーなキャラクターが描かれたパンのパッケージを指さしてブーブーうるさい。
「いや、それマジで美味いって。なんなら一個、杏子が食ってみな。だってオレ別にシールが欲しくて買ってるんじゃねーもん。遊戯、それ気に入らなかったら鮭にぎりも入ってるから。その袋」
 スティックパンについてるシールを眺めながらチョコレートクリームを口の嘴につけてる遊戯はなぁんか本当に子供ぽっくて、同い年とは思えない。思えない、と思ったその瞬間。
 
「・・・やだ!こんな時だけずるいよー!」
 
 そういった遊戯の表情が、スゥッと揺らいで、フッと大人びた顔になる。
「そのおせち、結構イケるだろ?城之内くん」
 自分の親指でもう一人の遊戯が口元のクリームをぬぐってペロリと舐める。
 遠巻きにしてるクラスメイトから見たら、いったいどんな光景に映るのかなんて、もう考えるのをやめたけど。
「ウチの相棒は、城之内くんに栗きんとんだけ返して欲しいらしい(笑)」
 おかしくてたまらないという顔をして、実際にクックと笑いながらそう言った。
「・・・なんだ遊戯、早くそういやぁいいのに。もうひとつしか残ってないぜ」
 すっかり平らげたおせちの最後のひとつを箸で掴んで遊戯の顔の前に差し出した。
「ごちそうさま」
 そう言って箸を握った俺の手ごと掴んで栗きんとんを口にしたのは、紛れもなくもう一人の遊戯で。
「ちょっとー!あんた達、教室で新婚さんみたいなことしないでよねー!!」
 その瞬間に押し殺した声で杏子が机を叩く。
 
 ・・・そんなことされたら、男のオレでも顔が赤くなるっちゅーの!!
 
「この一週間、延々おせちを食ってたのは相棒でなくてオレなんだか、コレだけは相棒に譲ってやっていたんでね(笑)」
 ペロリと舌を見せて笑っても、どうにもスケコマシくさいって!
 
「・・・とりあえずさぁ、手ぇ離してくんない?遊戯」
 
 こっちが恥ずかしくて下を向きたい気分だ。ああ、新学期からこんな風にやられっぱなしなオレをどうかと思うけど、どうにもコッチの遊戯は扱いにくくて、なんだか苦手で、・・・それでも嫌いってわけじゃあなくて。
 
           まぁ、そんな年明けのランチタイムということで。 
 
 

*fin*