サクマ式

サクマ式
 
 
「どうして薄荷がなくなっちゃうんだろう・・・」
 
 まるで独り言みたいにそう言いながら、獏良了は赤いドロップの缶の中身を白いプレートにガシャガシャと零していた。
 
 ある春の休日、午後のダイニング。
 
 子供の頃からよく買ってもらっていたそのドロップの、一番好きなのは茶色のチョコレート味だった。次がレモンで、その次がオレンジ。
 その中でたったひとつだけ。
 僕が苦手なのが白い薄荷味だった。
 ストロベリー柄の皿の上に広げた色とりどりのドロップの中に、彼の探す白いドロップは見あたらない。
「昨日全部食べたっけなぁ・・・?」
 まさかね。いつも全部残して困っちゃう位なのに。
 記憶が上手く手繰れない。
 
***
 
 翌朝、サラダをかけて食べようと、冷蔵庫にマヨネーズを取りに行くと全然見つからなくて。諦めて買った記憶もない胡麻ドレッシングを取り出して扉を閉めた。
 食事を終えてさぁ片づけてから登校しようかな、と台所に行くと、ゴミ箱にマヨネーズが丸ごと捨ててあった。
「・・・なにこれぇ・・・」
 勿論、全く記憶にない。
 と、いうか昨日はドコでボクの記憶が途切れてるんだろう。
 最近あまりに頻繁にそういうことが起こるので、あんまり気にならなくなってきてる。本当はそういうの、よくないって思うんだけど、ボクが思い悩んだところでどうなるってワケでもないし、忘れてしまうっていうのが一番手っ取り早くていい。
 
 ただあんまり他人に近づけなくなってるのは事実。
 
 だって嫌でしょう。自分の中に巣くってる悪霊みたいなのが、自分の友達を傷つけたりしたら。
 ほんの少し前までは、本当にそういった事態に怯えてた。
 でも遊戯くん達と出会ったあの事件以降は、アイツはボクの友達の前に頻繁に現れたりはしなくなっていたからなんとなく安心してるんだ。
 
 記憶が飛んだのは多分あの一度だけ。
 
御伽くん家の火事の時だ。気がついたら遊戯くんの側にいた。ボンヤリしてる間に事態は悪い方に転がって、あっという間に僕らは炎の中にいた。
 
(ねぇ。あの時どうしてボクはあそこにいたの?)
 
 火事で負った怪我のせいで入院してる遊戯くんに、本当はそう聞きたかった。聞けばよかったなぁと本当はちょっと後悔してる。でもあの事件の後も遊戯くんは僕に対して何も変わりなく接してくれたから、悪いことはしてないのかな?と思いたい。
 もう友達を無くすなんていう経験値は積みたくないからね。
 聞いてる?僕の心に住んでる盗賊。
 
 そう心で思いながら、制服のシャツの下につけた千年リングを右手で掴んだ。
 
***
 
「・・・獏良。それ本当に喰うのかよ・・・」
 顔を引きつらせながら、本田くんがそういった。
 
 いつもの学食。
 目の前には本田くんと御伽くん。
 代わり映えしない学食組。僕の今日のメニューはカツカレーだった。少しいつもと違うのは、綺麗なキツネ色に揚がったカツの上に、たっぷりと掛かったマヨネーズドレッシング。
「うん。結構美味しいよ」
 ケタケタと笑いながら僕はスプーンですくい上げた一切れを口にする。
 
 ゾクリ。
 
 口の中にマヨネーズの味が広がった瞬間、背中に悪寒のようなものが走った。
 カツカレーの味自体は、本当に思ったほど不味くはなくて、むしろ本当に好きなくらいだ。カレーに混ぜると本当に結構イケるんじゃないかと思う。
 
 でもそれがどうやら疎ましいアイツにとっては、許せない味みたいで。
 カチカチカチ、と胸にした千年リングが震えているのがわかる。
 
          僕はすこぶる気分がいい。
 
 どうやら僕は、あの悪霊のウィークポイントをひとつ見つけたみたいだった。
 
***
 
 ご機嫌なままで迎えた放課後。
 みんなとも別れて一人でマンションに向かう途中、そろそろスーパーにでも行かないと、冷蔵庫の食料が底をつきることを思いだした。
「今日は御馳走でも作ろうかな」
 なんとなく声が弾んでしまう。
 カチカチカチ。
 また小さく音がする。
 
 僕はますます気分がよくなった。
  
「別にコレは謝罪ってワケじゃないけど」
 実は僕は好き嫌いというもの殆どない。
 コレは結構自慢なんだ。出されたものを残さずに食べることが出来る。唯一例外がミント系のお菓子なんだけど、まぁコレも「無理すれば食べれる程度の嫌い」にすぎない。
 スーパーのお菓子の棚の前で、いつもは手にすることがないドロップの缶を手にした。
 青っぽいその缶には、いつも食べ残すあの薄荷のドロップばかりが入っているのだ。アルプスっぽい山の写真に白いドロップの写真入り。僕にとってはなかなか疎ましいお菓子だ。
「でもまぁ」
 その缶をひとつ、豚肉やキャベツが入ったカゴの中に放り込む。
 
      たまにはいいかもね。こんなリップサービスも」
 
 ねぇ聞こえてる?僕の悪霊。
 
 そう心の中に向かって尋ねながら、僕はクスクスと上機嫌で笑ってみせた。
 

 

 
the end