「おまえ、最近、会社の前の公園行った?」
満面の笑顔で社長室に現れた城之内が、開口一番に口にしたのはそんな言葉だった。
自分はというと、午後からの会議の資料に目を通すのに必死で、そんな言葉なんてろくすっぽ耳に入ってなかったというのが本音だ。
「海馬」
社内メールで廻されたpdfファイルをスクロールしていると、いつの間にかマウスの上に暖かい手が重ねられていた。
学生服で重厚な机の横に座り込んで、俺の顔を見上げているのにビックリする。
「気持ち悪い。触るな」
パチン、とマウスを掴む自分の手の上に載った手を叩いた瞬間、カラン、と機械音がして、パソコンの画面から見ていた途中のウインドウが消えた。
「・・・クッ」
確信犯的な笑顔で口のはしを緩ませる城之内の顔が疎ましい。
「さ、昼飯食いに行こうぜ!モクバが公園で場所取ってるから、さ?」
ご機嫌な声で弟の名前を出す男に肩を叩かれて、俺はシブシブながらも立ち上がった。
この男を今日の昼食に誘ったのはのモクバで、それを許したのは自分だった。
軽いため息と共に立ち上がると、ノートパソコンをシャットダウンした。
「ホントに綺麗なんだって」
最上階から地上階へ直通のエレベーターに乗り込むと、城之内は話しても話したりないという風にウットリした顔で、いつも以上に饒舌だ。
エレベーターの最奥で腕を組む俺は、地上階へのボタンを押す男の顔を後ろからぼんやりと眺める。
そしていつになく城之内がその前髪を真ん中で分けて額を出していることに気がついた。
「なんだその頭は」
そう言って後ろ髪を摘むと、さわんなっつの!と、振り払われた。
ニキビが出来て痛いからあげてんだよ、そういって城之内はプイッとそっぽを向く。
ちょうど自分の目線の位置にあるその額に、コイツがいってる小さな赤いふくらみがあった。でもよく見ればその近くに、なにかがついていることに今更気づく。
桜色の、薄い小さな欠片。
呆れるくらい、海馬瀬人らしくない衝動だと思った。
「城之内」
あ?と、上を向いた城之内の、その肩を引っぱって桜の花びらを舌で掬う。
硬直した身体と愕然としたその表情に、正直”してやったり”と思った。予測のつかないことばかりして俺を振り回しているコイツは、いつもこんな気分を味わっているのかと思った。
ふふん、と余裕の表情で、舌先に乗せた桜色をちらつかせてやる。
すると、スッと甘く目を細めた城之内が背伸びした。
攫われたのは、舌先の春色。
ポーン、と軽くて明るい音と一緒にエレベーターの扉が開く。
「いくぜ?(笑)」
掴まれた手首。
頬を撫でる風が柔らかくて驚いた。
目の前に広がっていたのは、満開の桜。