もうすぐ夜が明ける。
城之内克也は時計のデジタルとにらめっこしながら辺りを気にしてにらみを利かせていた。午前4時35分。今の時間、この通りには酔っぱらいの姿ひとつみえない。この数日、明け方におかしな殺人事件が相次いだ。首のない死体が毎朝街に転がったのだ。殺人も強盗も日常茶飯事のご時世ではあったが、若い男がばかり狙ったその事件は被害者が身元もわからない最下層の連中ばかりということもあって、例によって警察は犯人探しをするでもない。いい厄介払いができて喜んでるに違いない、とオレ達は噂していた。だいだいこの通りは元々この時間は人通りがない。この時間じゃ物騒な連中もそろそろ眠りについた頃だろう。
「モクバ、あと30秒で開けれるか?」
繁華街からすこしずれた場所にある最新型の現金自動貸付機。
路面にまるで20世紀の自動販売機のように設置されたそれに、モクバは手首にはめたチョコレートバーほどの大きさのキーボードを繋げて忙しなくそのキーを爪で叩いてた。
「楽勝。20秒でいいゼ」
くぐもった声でそう答えるのを聞いて、オレは用心のためにベルトに引っ掛けていた解体屋流れの消音銃のトリガーを確かめる。
キュィーンと耳障りな音がして、上空を警察の小型飛行艇が通り過ぎていくのが目に入ってドキッとする。黄金デイジーのマークがキラキラ光っている白い機体が目障りだ。
「城之内、いいよ」
モクバの声と共に、”明細と現金をお忘れ無く ”というお決まりの文句が英語で流れてきた。振り向くと、ドル札の束を手にしたモクバがニヤリと子供っぽいかわいげのない笑みを見せる。
「おっし!2分10秒。さっすがモクバだな」
「街頭監視カメラは?」
この国一の成長率と犯罪率を誇る童実野町の中心部には、24時間態勢で「健全な市民生活を守るため」という名目の元、至る所に監視カメラが設置され、オレ達の日常は事実上警察の監視下に置かれていた。
「”乃亜”がこの通り一帯の監視カメラから、オレ達がうつる角度が映らないようにプログラムを細工してる筈さ。出なきゃ今頃、オレ達の手には神経錠でもはめられてるって(笑)」
それもまぁ3分が限度だ。
「さぁ、さっさとずらかろうぜ」
カメラの動きを縫うようにして、通りを抜ける。
表通りに出ればさすがに、帰るところのないオレ達みたいな連中や観光客、ネオン街の客引きでそれなりにごった返している。人種もごちゃ混ぜ。オレ達みたいな黄色人種が半分くらいだ。とはいってもこの場所でモクバくらいの子供を連れているとやっぱり人目につきやすいから、オレ達は極力目立たないようにその雑踏を抜けてアジトに戻る近道を抜ける。
「待てよ、城之内」
乱暴にモクバの手を引いて歩いていたら、急に掴んでいる腕を引っぱられた。
「約束だろ。肉食って帰るって!」
そう言われて、そんな約束をしていたのを思いだした。この仕事はアシがつきやすいから、立て続けに荒稼ぎといくわけにも行かない。オレ達は別に金持ちになりたいわけじゃねぇから、そうそうこういう手段はとらない。かといって子供二人でこんな腐った街を生き抜くには、これくらいのことをしなけらばどうにもらならないのは事実だった。
「肉!肉!肉!杏子の店に寄ってこうよ!」
嬉しげにモクバがそう笑う。
「杏子ンとこかよ(笑)。それなら昨日も行ったじゃねぇか」
「いったけど、冷麺とナムルしか食ってないじゃん」
杏子はアパートの大家の娘だ。大家はアパートの1階で焼肉屋をやっている。ここらの飲食店は夜しか営業してない代わりに明け方まで店を開いていた。
「じゃあ今日はモクバの好きなもん、好きなだけ喰っていいぜ。」
「マジ?じゃあカルピとユッケと塩タンと 」
嬉しげに肉の部位を口にしていたモクバが、急に空を見上げた。
「ブルーアイズ!」
パチパチと羽音が聞こえると、鳩ほどの大きさの白銀の翼竜がモクバが差し出した手首に舞い降りる。
「どうした?」
キュイー、と甘えるような声でブルーアイズが鳴いていた。
白銀の翼にその名の通りに青い瞳。
ブルーアイズはモクバの唯一の家族の形見の人工知能のドラゴンだ。まるで生きているみたいになめらかに動くそれは、3歳児程度の知能を持っている。実際既製品ではなく精巧に作られた軍用の試作品かなにかだろう。
「わかんない。家にいるようにいっておいたのにな」
そうモクバが言った瞬間、パァッと眩しい光にオレ達は照らされた。
「な・・・・っ?!」
飛行艇のヘッドライト?
逃げなければ!と考えるより早くオレはモクバを抱えて走り出そうとした。
「モクバ!」
叫ぶ声がした。
光の向こうに浮かぶ細身長身のシルエット。
男?女?
「誰だよ!」
腕の中のモクバが、オレの首に抱きつくみたいにしてその影に向かってそう叫んだ。光が少しゆるまって、近づいてくる人間の輪郭がハッキリしていく。
「オレだ。わからないのか?」
叫んだ声じゃわからなかった。低めのよく通る声。キッチリした黒のスーツに身を包んだ男、だ。
「逃げるぞ!」
オレの本能が”HURRY UP!”と告げている。
「モクバ!」
「待って!ブルーアイズが!!」
走り出したオレの肩を、ドンドンとモクバが叩いた。
「ブルーアイズ!ブルーアイズ!!」
チラリと振り返った目に映ったのは、まるで主人に呼ばれたようにさっきの男の元に飛んでいくブルーアイズと、オレ達を追うために飛行艇に乗り込む男の姿だった。
オレは泣きじゃくるモクバを抱きしめて、今歩いて来たばかりの夜が明けない街の雑踏の中に逃げ出した。