「城之内のバッキャロー・・・」
ずっとぐずって泣き続けていたモクバも、やっと諦めたのか今度は思いつく限りの罵詈雑言を紡ぎ出した。
「はいはい。何とでも言えって」
よしよし、と腕の中でブツブツ言っている子供の頭をよしよしと撫でた。
もうすっかり夜も明ける時間だというのに時計台広場を中心にした直径1.5kmほどのこの地区に朝が訪れることはない。元々は都市型の巨大核シェルターとして建設された童実野ドームは、10年前の大恐慌でその所有が国から華僑系のマフィア達の手に移った。そこで新に作られたのが眠らない夜の街だった。実際、このドームには常に満天の星空が浮かんでいる。巨大な私有地に近い違法地区。外部の飛行艇が追って来れない場所といえばココくらいしか思いつかなかった。
雑居ビルの非常階段に身を潜め、追ってきた連中がこの辺りから姿を消してくれうるのを待っていたらすっかり朝になっていた。
「絶対とりかえせよな、オレのブルーアイズ・・・」
子供体温はタダでさえ高いのに、泣かれるとビックリするくらい熱くなる。火がついたみたいっていうのはこういうのを言うんだな。
「とりかえせってもさぁ、あいつは勝手に向こうに行っちまったんじゃん」
熱くて脱いだスカジャンでごしごしとモクバの涙を拭いてやる。
「クセーよ!」
ぶるぶると暴れる顔を拭いて、ポンポン、と頭を撫でた。
「うっせぇーなぁ。オレが一緒にいてやるから暫く我慢しろよ。ブルーアイズもそのうちヒョッコリ帰ってくるさ」
「・・・帰ってくるかなぁ」
そろそろ腹も減ったし飯でも喰いに行くか。不安そうなモクバを階段の踊り場に立たせると、オレもゆっくりと立ち上がった。ずっとしがみつかれていたせいで肩と腕が怠かった。
「おまえが信じてやらなくてどうするよ?とにかく飯でも食いに行こうぜ。金があるのに飢え死になんてバカみたいだろ」
「あ。肉!」
現金にそう叫ぶモクバに苦笑した。
「おまえこんな朝からマジで焼き肉喰う気?」
「金のないときに朝から牛丼喰わせようとする城之内に言われたくねぇよー!」
よかった。軽口がたたけるくらいに元気になってくれた。
「じゃあ次に金がなくなったら朝飯は50¢バーガーにしてやるよ(笑)」
そういうとまだ目が赤く腫れたモクバは思いっきり嫌そうな顔をした。
「ボクを置き去りにして朝から焼き肉とはいいご身分だな・・・」
オレ達がドームの中にある馴染みの焼き肉屋で塩カルピを焼いていると、怒り心頭といった雰囲気の少年が現れた。エメラルドグリーンの髪に綺麗な青い瞳。
「ゲッ!乃亜!!」
さっさとモクバの隣の椅子に腰掛けて、通りがかった店員にグラスワインを頼んでいる。焼き肉にミスマッチなその選択のキザッたらしさがたまらなくコイツらしい。
「乃亜、無事だったんだ?」
キャーッとその身体に抱きついてはしゃぐモクバの背中を撫でながら、乃亜はオレをあの冷たい目でオレをギロリと睨んだ。・・・こっ、怖えぇ・・・。
「おかげさまでね。いったいなんなんだ?明け方に黒服が大人数でアパートに乗り込んできたぞ。」
乃亜が言っているのは、さっきオレ達を追っていた連中とおそらく同じヤツらだろう。
「どうやって逃げたの?乃亜」
「どうって・・・窓から空飛んで逃げたよ、普通に。」
・・・普通はそんなことできねぇよ・・・。
乃亜、はモクバが拾っていた自動人形(オートマタ)だ。アンドロイドよりも数ランク上、レプリカントに限りなく近いアンドロイド。鋼の身体のくせに、触っても人肌としか思えない。言われなければこれがアンドロイドとは気づかないのがオートマタ。その中でも乃亜はコンピューターだけに頭のよさは抜群だったが、情緒が欠落していて扱いを間違えば大惨事を起こしかねない危険物でもあった。
「普通の人間は普通に空は飛びません」
乃亜の前に新しい取り皿を置いて、胡麻の葉に薬味とカルビを巻いたヤツを載せていってやる。本当は喰わなくっても死にゃしねぇくせにオレらと同じもんを絶対喰おうとするからタチが悪い。
「城之内は相変わらす親鳥みたいだな」
クッと子供らしくない笑みをたたえる。拾われてきた当初は、こんな風に笑ったりすることもなかった。冷たい表情で一言も口を利かなかった。コイツを見ていると、アンドロイドもオレ達人間と同じように魂を持っているんじゃないかと錯覚する。日々生長してる気がしてならない。
「うっせぇよ。イヤなら喰うな。ほら、モクバ」
甘えるみたいにクチを開けたモクバに乃亜に作ったのと同じものをポイッと喰わせてやる。
「カルビさいこぉー!」
「・・・城之内、自分の分が無くなるよ?」
しらっとそういう乃亜の髪をグシャグシャにして笑う。その言葉にモクバがアッという顔をする。
「成長期のおまえらは黙って喰えばいいんだよ(笑)!」
オートマタに成長もクソもないだろうと、昔ならそう言って怒った乃亜も最近はそう言われても照れてそっぽを向くだけだ。アンドロイドでも子供は子供。外見相当なプログラムが組まれているのだから、大人扱いする必要などないのだ。
「そういえばさっきの連中。警察でもマフィアでもなさそうだったぞ。あんまりよく見なかったが、おまえ達はいったいどんなヘマを踏んだんだい?」
そう乃亜に言われてみてもオレには心当たりがない。そういえばあの男はモクバの名前を呼んでいた。
「そういえばモクバの名前呼んでたよなぁ・・・・なんか心当たりあんの?おまえ」
”オレだ。わからないのか?”と。シルエットの男は確かにそう言った。
「・・・わかんねぇよ」
モクバはオレと同じ孤児院で育った。赤ん坊の頃に捨てられたオレと違って、モクバは4つくらいの時に身元がわからなくて保護されて来た。なんか酷い事故にでもあったのか、記憶が飛び飛びで孤児院に連れてこられた頃は自分の名前くらいしかわからなかった。
オレ達は急にしんとして、すっかり空っぽになった肉の皿をボンヤリと眺めた。
「・・・もっと喰うか?」
気まずい雰囲気をなんとかしようと明るくそう言ったが、モクバも乃亜も黙ったままで首を横に振る。
「城之内」
乃亜が、ぽつりとオレの名前を呼んだ。
「問題はこれからだよ。どうする?とりあえずアパートには暫く戻れなさそうだ。追われてる原因もわからないから下手に逃げることもできない。とりあえずどうすか決めないとね」
オレは深くため息をついて、カウンターに(生中ひとつ!)と注文を告げると、ステレオみたいに左右から城之内!!と説教するみたいに子供達に叫ばれた。
* * *