「こんにちは、モクバくん久し振りだね。やっとブルーアイズを売ってくれる気になった(笑)?」
店のドアを開けて、奥の机で書き物をしていた獏良が、オレ達の顔をみてそう笑った。
「あれは売らねぇっつってるだろー。」
相変わらず気味悪い人形しかねぇこの店は、モグリの人形屋だった。盗品やなにかとヤバイ理由で人手を離れた自動人形やアンドロイドの類を闇で取引する転売屋みたいなもんだ。獏良は人の良さそうで女みたいな顔した若主人だったが、この世界じゃ大概な食わせ者で名前が通っていた。
「ねぇ獏良ぁ、ブルーアイズが流れたって話は聞いてない?」
ひょこっとオレの背中から顔を出したモクバが獏良に向かってそう聞いた。
「いらっしゃい。今日はみんなお揃いなんだね」
腕を組んでオレの後ろに突っ立ってる乃亜とオレとモクバを指してそう言われる。そういえば3人揃ってここに来るのは珍しかった。
「なに、まさか盗まれたとか?」
獏良は奥の棚をガタガタと漁って、お茶を入れようとしている。埃臭い店内には、ありとあらゆる人形やロボットの類が所狭しと並んでいた。その殆どはM&Wと呼ばれていた昔のカードゲームを元にして作られた人工知能だ。
「・・・まぁそんなところ」
そう言うと、獏良はビックリして振り返った。
「えーっアレは細工が珍しいから大事にしなよっていったのに!どうせ城之内くんがドジ踏んだんでしょ?」
「・・・おまえ、本当に失礼なヤツだよな」
しゃらっとそんなことをいう獏良に返す言葉がない。
商談用のテーブルに腰掛けて出されたお茶を飲んでいると、獏良が立体映像投影用のボックスを持っていた。高さが30センチほどの筒状のガラスケースみたいなのに、PDAが繋っている。
「ちょっと面白いものが手に入ってね。モクバくんに見せてあげようと思ってた所だったんだ。」
どれどれと3人でそのケースを眺めていると、ファンッと音がして立体映像が浮かんできた。
「ブルーアイズ!」
そこに浮かんだのはモクバのペットだ。
「似てるでしょ?名前もブルーアイズホワイトドラゴンっていうんだよ」
パチパチと数字を打ち込んでいるバクラは手帖のようなモノを覗き込んでいる。
「なに、その手帖」
手を伸ばしてそれを取り上げようとすると、サッと後ろ手に隠されてしまう。
「ダメだよ。これは企業秘密」
「ねぇこれ!オレのブルーアイズなの?」
身を乗り出してガラスケースを覗き込んでいるモクバがそう叫ぶ。
「・・・どうだろう。それがわからないから、モクバくんにブルーアイズを連れてきて貰おうと思ったんだけど・・・コレもM&Wに実在したカードのモンスターなんだよ」
「・・・てことはモクバのブルーアイズもM&Wドールってことか?」
オレはビックリしてそう聞いた。M&Wドールというのがこの店内に犇めいている人工知能の正式名称だった。M&Wは20世紀末に流行ったカードゲームの一種だったが、今だに人気があり、当時のカード自体は現存枚数が少ないためにコレクターの間で高値で取引されているお宝だった。今でも古典的な人気ゲームとしてオンライン上には存在している。
半世紀ほど前にM&Wに傾倒していた人工知能のデザイナーがその半生を費やしたと言われるのがこのM&Wドールだった。その精巧なモンスター達は今も尚、他の著名な自動人形と並んで賞賛されている。コレクターも多いが本物となると家が買えるような値段になるため、主に出回っているのは粗悪な模造品だった。
「でもオレ、ブルーアイズとおなじM&Wのカードなんて見たこと無いんだけど」
モクバもオンラインのM&Wなら相当な腕前の持ち主だった。大抵のカードを把握してるコイツが言うんだから間違いないだろう。
「”ブルーアイズ・ホワイトドラゴン”は目録(カードリスト)からその名を削除された伝説のモンスターなんだ。こいつと一緒でね」
バクラの手が動いて、ガラスケースの中には、人型のモンスターが浮かび上がった。黒い衣装に杖を手にしている。
「これは”ブラック・マジシャン”。M&Wの版権を最初にもってたのはインダストリアル・イリュージョンっていう在米の会社なんだけど、色々あってこの版権が日本のある企業に移ったんだ。それからずいぶん後になって、幾つかのレアカードが目録から外されたって言われている。もともとこの目録に載っていない3枚のカードと一緒に一般のファンの目の前からは姿を消されたっていうことになってるんだよね。そしてM&Wドールはこの目録を元に作られたと言われてるから、この欠番のドールはあり得ないと言われてきた。ところが今年に入って、その欠番の存在がこの業界で噂になり出したんだ」
獏良は一気にそこまで話すと、喉が渇いたのか自分の入れたミルクティーを口にした。
「その話の出所はどこだい?」
それまで黙っていた乃亜がぽつりとそう言う。
「それは・・・」
「海馬コーポレーション、か?」
口元で凍りつくた笑み。子供らしくない気怠い表情。
「・・・乃亜くんには隠しても無駄だろうね。ボクの心なんて簡単に読めちゃうんでしょ?」
棘のある言葉を口にしながら、獏良はポットから紅茶をつぎ足した。
「その通り。現在のM&Wの版権元だ。最近、社長が交代してね。新社長がブルーアイズに懸賞金を掛けてこのデータと一緒に僕たち転売屋にまで配って歩いてるってわけさ」
「その割に、ネット上にも話題に上らないな」
乃亜の言葉に、獏良はさっきの手帖をつまみ上げた。
「あくまで直接データを受け取った人間だけがこのドール探しのゲームに参加できるからさ。下手に素人を巻き込みたくない事情があるんじゃないかな?」
確かにオンラインにそんな宝探しがでたらここいらの柄の悪い暇なだけの連中が黙っちゃいないだろう。
「それってどういう・・・あ」
そうなれば人形の所持者に危害が及ばざるを得ないと言うことで 。
「つまりあれか。海馬コーポレーションが捜してるのは単に人形だけじゃないってワケか。」
オレがそう言うと、乃亜が嫌みったらしくパチパチと手を叩く。
「ご名答。おそらく本当の狙いはブルーアイズ・ホワイトドラゴンの現在の持ち主ってことになるね。つまり 」
すっと伸びた獏良の人差し指が、話が飲み込めないといった風にボンヤリしていたモクバに向けられた。
「オレぇ?!」
慌てて立ち上がって転けそうになるモクバを、すっと手を差し出した乃亜が支える。
「そういうこと」
獏良のその言葉に、オレは息を呑んだ。
* * *