チャイナドレスや清朝宮廷服に身を包んだ女達が優雅に談笑を交わしている。男達も金糸銀糸で彩られた清代の中華服が目立つのは、今夜がそういう趣向の集まりだからだ。
自分の服装をとってみても、秘書が用意したのは一字釦に練袖の上着が踝まであるような馬鹿げた中華服ときたもんだ。シルクの白地には胸元から膝にかけて青龍が飛翔し裾部分には水波紋が描かれている。
童実野町を分ける3つの勢力のひとつ。華僑あがりのお嬢様が本国から帰国した祝いとあって、多少なりとも顔を出さないわけにはいかず、不本意ながら袖を通した派手な衣装にウンザリしていた。
北と南を繋いだ細長いホール。見上げたヴォールト天井が美しい。半円筒を横にして、その半径分だけ天井が高く上げられている。
南北の天井半円には羽を広げた孔雀がステンドグラスに大きく描かれている。頭上の天井部からは大きな真鍮製の照明が吊されていた。細長い照明を蕾にみたてた周りを白銀と真鍮が蔦のように絡み合い、鉱物の結晶を思わせるギザギザした棘が散らされた意匠はアールデコ様式のものだ。これに呼応するようにホール全体の壁灯・柱頭装飾・天井の漆喰模様がデザインされている。
大理石(トラバーチン)の床はスノークリスタルがモザイクで散らされているから、冬の森に南の国で生まれた鳥が舞い降りたようだといつも思う。
このホールとそのオーナーに所以して、この屋敷は孔雀苑と呼ばれていた。
「海馬くん、退屈そうだね」
いつの間にか側に来ていた遊戯にそう言われたが、オレはそれを無視して先刻ボーイから受け取ったシャンパングラスに口をつけた。
遊戯はこんな集まりにも慣れたもので、人を喜ばせるようとキョンシーの仮装じみた格好をしている。
「退屈?こんなくだらないパーティに飽き飽きしているのは確かだな」
口にしたキュヴェ・ドン・ペリニョンの独特な芳香がくすぐったい。だがその重過ぎない優しい酸味が好ましくも思う。酒にうるさい女主人が用意するのは、どのグラスをとっても最上級の希少品ばかりだ。立席のパーティだったが、手にしたシャンパンにあったものを、と言いつければ、給仕係が皿に幾つかの料理を盛りつけて運んでくる。
「そういえばご執心だった自動人形を手に入れたってあちこちで噂だけど?」
ぼくもつまませてね、とオレが腰掛けたカウチのサイドテーブルに置かれたフルーツの皿から苺を一粒つまみ上げた。
「誰がそんなことを噂してる?」
ベーセー・ベージェーだかなんだか知らないが、ただの暇な金持ちの集まりなんて退屈な時間の無駄に過ぎない。
「さぁ?そこかしこで。海馬の新しい当主が3体目の”あれ”を手に入れたらしいってね。本当なの?」
もぐもぐと口にした果実のせいで口の端を紅く染めている。オレはテーブルの脇に置かれたナプキンを取り上げて、遊戯の口を乱暴にぬぐった。
「・・・ありがと」
ふん、とそのままナプキンを机に置いて、オレはカウチに掛け直す。
「人形だけが手に入っても仕方ない。大体あれは元々オレのものだ」
さっきから絡みついてくる幾つもの視線が目障りだとは思っていたが理由はそんな所か。
「青い目の白竜を3体集めたら何か起きるってみんながいってるからボクも気になって」
無邪気を装った笑顔でそう言ってくる遊戯の顔を見ているとイライラしてくる。コイツの家系にもオレと同じように代々受け継がれた自動人形があるのだから、その意味など言わなくてもわかっているだろうに。
「あれは元から3体でひとつの人形だ。1体でも足りなければ意味がない」
いや、現状ではむしろうちひとつをモクバに添わせておくことに意味があったのに、これでは無駄足を踏んだ上に話をややこしくしただけだ。
「今日はお供に1匹も連れてきていないから、余計に噂されちゃうんだよ(笑)」
いつもは連れて歩く自動人形を置いてきたのには理由がある。オレとは別の筋からモクバを狙っているものがいることがわかった以上、あれに持たせていたのと寸分違わぬものをこういった社交場にオレが連れ歩くのは賢い言えないと判断したからだ。
「おまえはいつもそれを連れ歩いているからな」
ご丁寧にいつもは黒の魔術師服の自動人形に、中華風の白い蓮模様の刺繍を施した同じデザインの衣装を纏わせている。
「ブラックマジシャンはボクの護符みたいなものだからね」
そう言って腕に抱いた人形を抱きしめた。
「護符か。まぁ元来そういう意味を持つ人形だからな、それは」
遊戯が口にした言葉が耳に残ったオレはそう言い返す。そう言ってみて、置いてきた人形のことが気になった。
「オレはもう帰る。そんなにあの人形が見たいのなら、おまえもついてくるがいい」
まだ夜は早いし、このイライラした気持ちをどうにか沈めないことには、寝るにも寝られない。イライラの原因は、昨日モクバをオレの目の前から連れ去ったあの男。その調書もそろそろ屋敷に届く頃だろう。
「カードの相手?それともベッド?なんてね(笑)」
下品なジョークを口にする遊戯に苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「・・・少しでもおかしなことをしたら、その人形ごと叩き出すだけだ」
暇を潰す人選を誤ったな、と思いながらカウチから立ち上がった。
「待ってよ!冗談だからさ!」
アハハと笑いながら追ってくる遊戯を振り払うようにしてオレは足早に招待客の間を縫い歩いてホールの出口へと向かった。
* * *