耳そば立てて、僕はきく。
底しれぬ夜の静寂に
無限の寂寥のわきあがる
ざわめきを。
白内障(そこひ)眼をした湖の
あつい氷のしたに
棺の釘をうたれた水
銅になつた水の黒痣(あざ)。
僕はまた、耳をよせてきく。
氷のそこからつたはるひくいうめき。
ほろびたもののつぶやきを。
いづくにか起る葛藤を。
「城之内ー!ちょっと来て!」
オレは声を大にして、ここからは見えない位置にいる城之内を呼んだ。
頭上に広がる雲ひとつ無い青空。青天の霹靂。
オレ達はいつものように通い慣れた湾岸の廃品置き場を漁っていた。大型のゴミばかりが捨てられるそこには、あらゆる廃材にまみれるようにして家具や型遅れの機械が無造作に積み上げられている。
オレと城之内が捜しているのは、リサイクルできそうな電子部品や違法投棄された中に混じっている修理不可な武器の類だ。
ああ。あれは夏だったなぁ。暑くてカラカラの喉が痛くて。額の汗をぬぐいながらオレは廃品を物色しながら歩いていた。
オレがいつものように放置された洋服ダンスのひとつを開いたら、その中に子供が眠っている。
綺麗なエメラルドグリーンの髪。育ちのよさが伺えるような上品な服はどこかの学校の制服みたいだった。
オレより2,3歳上の男の子。
「なんだよモクバ。死体でも見つけたのか?」
面相くさそうに廃材の山の向こうから城之内が歩いてくるのが見えた。
「・・・うん」
「ゲッ!マジかよ?!」
だらだらしてた城之内が、急にシャキッとして走り寄ってくる。
死んでるのかな・・・僕はおそるおそるその子の首に手を当てた。
「モクバ!触るな、指紋がつく!」
ヒンヤリとしたそれは、死体の冷たさじゃなかった。僕はこの温度を子供の頃からよく知っている。
「大丈夫。これ、自動人形(オートマタ)だよ」
でもまぁそれにしては余りにも出来すぎてよな。肌の質感もサラサラした髪も。今にも動き出しそうなこのリアリティがその辺に転がる既製品の自動人形ではないことを物語っている。
「・・・いいから、ほら。やっかいな人形だったらどうするんだよ?」
その時、オレはなんだかワクワクしていた。
(見つけた!やっと見つけた!)
心の中でザワザワとそんな叫び声が聞こえてきた。
「だってこんなスゲー人形、獏良の所でも見たことないぜ!壊れてんのかなぁ・・・」
三角座りのようにタンスの中にうずくまった人形の頬をパチパチと軽く叩いた。どうにか目覚めて欲しくて。壊れた機械と生身の人間を取り違えてるような自分の行動に苦笑しながら。
『・・・バ』
「ギャッ!なんか喋った!」
人形の口から漏れた言葉に、横にいた城之内が飛び上がる。
「黙れよ。聞こえないだろ」
「モクバぁ・・・オレ、そういう人形ダメなんだよ・・・怖ぇんだって!」
城之内の恐がりは昔から変わらない。生きてる人間ならどんなに物騒なヤツらも平気なくせに、古い人形や幽霊の類はからっきしダメなんだ。
「こんなに綺麗なのに?」
本当に綺麗な人形だった。白い肌に緑の髪。童話に出てる来る王子様みたいな。
『・・ク・・バ』
まるで何かの歯車が外れた音みたいな声だった。
人形の足を引っぱって、タンスの段に座るような姿勢をとらせる。
夢中になったオレは、さんさんと降りしきるタンスの影にすっぽり覆われた。さっきまでの直射日光とこの暗がりの落差に頭がクラクラしている。人形を見る目のピントをちゃんと合わせようと、オレは何度か両眼を瞬いて、触るのを止めようとする城之内の手を振り払った。
「おい」
人形の前髪は目が隠れそうなくらい長くて、うっとしそうだなぁって思いながら額が見えるくらいその髪をかきあげた瞬間だった。
『モ・・ク・バ』
急に人形の目が見開かれた 海よりも深い青い色の。
こんどはおかしな機械音じゃない。それはどこかで聞いたことがあるような、懐かしい声だった。
「・・・モクバ?おい、どうした?」
一歩離れた城之内が、慌てて近づいてくるのがわかる。
涙が。
どうしてなのかはわからないけど、涙が溢れて止まらなかった。
ゆっくりと伸びてきた人形の手が、ゆっくりとオレを抱きしめる。
『モクバ』
聞き違いでなく、オレの名前を呟いた。
その瞬間、ひんやりと冷たかった人形の肌が急にスイッチが入った電灯のように暖かくなっていった。頭がガンガンして、なにかを急かされるよう感覚がな意識の表面に浮かんでくる。
「おい!モクバ?!」
最後に聞こえたのは、まるで何かの膜の向こう側から聞こえてくるように遠い城之内の声。
そのままオレは意識を失ってしまった。
* * *