hard to say
act06

「ほんと城之内くんもお人好しが過ぎるよねぇ〜」
 
 獏良がわざとらしく大きな声でそう言った。

 もぐりの自動人形屋、”change of mind”。
 
       獏良のこの店は昼間とは夜とで全然雰囲気が違った。まぁ後ろ暗い商売だから本業の客がやってくるのは陽が落ちてからだとうのも理由のひとつだろうけど。

「うっせぇよ!はやくいつものヤツを売れって!」
 オレは今月もかき集めるように用意した1500$ぶんの札束をカウンターの上に、バンッと叩きつける。
「毎月のご利用ありがとうございます(笑)」
 笑いながら獏良は札束の枚数を数えだした。獏良の肌はアルビノという遺伝子代謝異常性疾患のせいで、まるで雪のように真っ白だった。髪もほの青い白で目はウサギのように赤い。
 昔、考えなしにオレが訊いてしまった白い髪の理由を、(ボクの出身は前の戦争の汚染度数が高かったからね)と獏良は笑って話したのを憶えている。
「・・・はい、確かに1500$。じゃあコレが今月分」
 ガタン、と立ち上がって背中の戸棚を開いて内側の金庫の鍵を開けた。そして中に眠っているガラスケースのひとつをゆっくりと取り出した。
 獏良の手によってオレの目の前に置かれた指輪ケースほどの大きさのガラスケース。その白いクッションの上には、サファイヤとイエロートパーズがくっついたみたいな小豆ほどの大きさの宝石が鎮座している。
 アルビレオ鉱石と呼ばれている新エネルギー。
 白鳥座のあるβ星でしか採取されない貴石で、プルトニウムの倍近いエネルギーを持っているという。(獏良に『1gのアルビレオ鉱石は、石油にして約1000リットル、石炭なら約1.5トン、LNGなら約7.5トン』と説明されたけど、もちろんオレにはサッパリわからない)
 
「コレで1ヶ月しか保たないってすごくねぇ?アイツ、燃費悪すぎ!」
 確かに小指の爪ほどの大きさだったけど、オレ達1ヶ月分の生活費に匹敵する金額なのだ。
「いつでも買い取るよ?あれだけの出来の自動人形はそうそう出回らないから、多少の故障品でも買い手はいくらでもいる」
 獏良は半分オレを心配していってくれてるってわかっているので、思わず厳しい顔をしてしまう。
       乃亜は売らない。あいつはオレ達の仲間だ」
 このアルビレオ鉱石は、乃亜を動かす主動力のエネルギー源になる。根本的な部分に不具合がある乃亜には、通常の自動人形に必要な10倍のアルビレオ鉱石が必要なのだ。それでもこの異様な燃費の悪さを根本的に解決するための経費は10万ドルはくだらないと言われていた。
 死にものぐるいで働いた上にしけた泥棒家業までやったところで月に3000$ほどの金しか稼げないオレ達には、10万$というのはまるで現実味のない数字だった。それはこれ以上の手の打ちようがないということでもある。
 そんなオレに出来るのは、こうやって毎月毎月その場しのぎの燃料で、乃亜の命をつなぎ止めることくらいなのだ。
「なんども言うようだけどさ。燃料切れがイコール乃亜くんの”死”に繋がる訳じゃないんだよ?」
 確かにこの話はまるで禅問答のように何度も獏良とは繰り返した。
 オレ達が最初に乃亜を拾ったとき、アイツは自分の名前と『モクバ』という言葉以外、一切の記憶を持っていなかった。
 
”初期化されたコンピューター”
 
 その乃亜の状態を診た獏良はそういった。そしてつぎに燃料切れを起こすということは、また乃亜は初期化されてしまうということを意味しているのだと。
 
「でも、モクバが泣くじゃねーかよ。乃亜の今の記憶がなくなったら」
 ふいに澄ました顔で笑う乃亜の顔が頭に浮かんだ。子供のくせに、妙に大人ぶる生意気な笑顔。
 たとえただの家族ごっこに過ぎないと揶揄されたとしても、二年もの間一緒に暮らしてきたんだ。モクバにとって、乃亜は自動人形じゃなくて大切な仲間であり家族のひとりで       そして、オレにとってもきっとそうだから 。
 
「・・・僕はまぁ、キミ達のそういうところは好きだけどね(苦笑)」
 
 獏良は笑う。その嫌みを感じさせない笑顔は商売用だと割り切ってしまうのはあまりにも鮮やかだ。
「今回、何グラムかだけどサービスしてあるから、来月は一週間くらい遅く来ても平気なはずだよ?」
        獏良も謎に満ちているこの街の住人だった。ある日ふらりと現れてこの場所にこの店を構えた。妙に裏の世界に精通しているくせに、希少品なんかの仕入れルートがまったくわからないと言うのが、同業者が獏良に出す評価だった。実際、アルビレオ鉱石なんて軍用の希少燃料を定期的に手に入れることが出来る闇商人は、この街ではコイツ以外にいない。
「・・・サンキュー」
「どういたしまして       あ。」
 獏良は急に何かを思いだしたかのように、ぱちんと両手を打った。
 
「そういえば城之内くんに依頼したいことがあるんだよね〜」
 それがロクな依頼じゃないことだけは想像がついた。ギブアンドテイク。リップサービスを受けた時点で気づくべきだ。
「どうせ断る権利なんてオレにはねぇんだろ?勿体ぶらずに言ってみろよ」
 オレは獏良の顔を見ながらそう言った。それは心中が穏やかとは思えないような、どうにも複雑な笑顔だった。
 
       僕を捜して欲しいんだ。僕っていうより、もう一人の僕って言った方がいいのかな?」
 
* * *
 
the end?