hard to say
act10
 記憶の中の了は、いつも静かに笑っている。
 
 オレ様の子供時代にまるで当たり前のようにたたずんでいるあの後ろ姿。いつでも皺ひとつない医者のような白衣。振り向けば、笑顔の了はボーダーのシャツにジーンズを履いていて、研究所から帰ってきたオレ様に「おかえり、バクラ」と言いやがる。
 
「今日の飯はなんだよ、了」
 
 アイツの笑顔は見てるとなんだかドキドキするんだよ。真っ白い髪は、光にすけるとプラチナみたいに光って揺れる。真っ赤な目は、まるで宝石みたいだと心の中では思っていた。アイツは自分が生まれた時から側にいて、若返ることもなく年老いることもなく、今のままの十代後半の少年の姿で、あの部屋に存在した。
 
「今日?ロールキャベツとクリームシチュー。もう出来るから、キミははやく手を洗ってきたら?」
 
 了の言うことなら、あの頃のオレはなんでも聞き分けよくやってのけたもんだった。アイツはオレの親代わりであり、教師代わりでもあり、そしてなにより、そんな風に口にしたことなんてねぇが、最初で最後の”友人”と呼べる人間だった。
 
* * *
 
 ゴォォ…と廃墟に風が吹いている。
 
「確かこの辺に、了のソファーがあったけな」
 
 建物の一区画が丸ごと吹き飛ばされたその場所には、今はもう砂に晒された廃墟しか存在しなかった。爆心地、と呼ばれるそこは今でも有害な化学物質が微量に残るとされ立ち入り禁止区域となっている。
 十年も昔の企業テロで吹き飛ばされたその地区からは、幸運にも爆発による直接の死者が出ることはなかった。
 
 そう、ただひとりの行方不明者を除いては。
 
 ”監獄島”と呼ばれていた研究施設は解体され、今は同じものが童実野ドームの地下へと移動している。あの爆発により世間の目が集まってしまった施設を封鎖したのは、本当は有害物質のせいじゃねぇ。あのマスコミと世論の好奇心をから、施設自体の意図を隠すための嘘にすぎない。
 
 あの当時オレ様と了が暮らしていたのは、童見野町郊外にある巨大な研究施設にある住居区の一角だった。施設というよりは小さな町のような複合施設。砂漠に建つ巨大な白亜の要塞には、研究棟に教育棟、住居区、商業地区の4つに分かれている。主に軍事目的の研究が行われ、その研究者が家族ごと閉じ込められているに近い場所だった。
と、いってもオレ様や了は、そういった研究者でもなければ家族でもない。了はともかく、自分に至ってはヤツらにとって実験ネズミのようなもんだった。
 
        あの朝、いつものように研究所からの迎えに連れられて家を出た自分に、変わらない笑顔で了は手を振ってやがった。
 あの頃のオレ様は、了のことを自分の見張りなんだと勘違いしていたっけな。コイツはオレ様が”ヤツら”の作った鳥かごから逃げ出さないように見張るための番人なんだと。
 今にして思えば、そんな風に思っていたも仕方ねぇだろ、と素直に思える。朝から晩まで頭の中身を覗かれるような生活だ。ヤツらは常にオレを監視し、記録し続けた。朝から昼すぎまでを研究棟で拘束された後、住居区に作られた部屋に戻されることの繰り返し。
 オレと同じ顔をした了が、オレにとって本当はどんな存在だったのは全く記憶してない。ただ、物心をついた頃から一緒にいた。歩き始めたばかりの頃のことを覚えてる。あの頃はいつも手を伸ばして届くところに了が言った言葉が忘れられずに幾つも記憶に残る。
 
「僕が赤ん坊から育てたんだ。まるで親鳥が雛を育てるみたいにね」
 ミルクティーの湯気の向こう側、笑う顔、まるで偽善かと錯覚しそうなくらい、笑顔しか思い出せない。
 
「キミはオリジナルだ。キミがオリジナルだ。それだけはちゃんと覚えておいてね」
 そのセリフは、飽きるくらい聞いた。些細なイントネーションさえもが耳に残ってやがる。
 
         本当はもっと色々覚えていた。呆れるくらい、つまんねぇことまで子供ってのは覚えてるもんなんだ。
 
 
 あの日、爆発はオレが研究棟に行ってる間に起こった。元々大掛かりな工事が入っていたオレの住む区画は、住民退去命令が下りていたから、誰もいなかった。業者が住居区に入る直前にあのテロは起こった。傷つく人間がいない場所への意味不明な爆破。研究室でその一方を聞いた瞬間、慌ただしく人が出入りする部屋を抜け出して、オレは事故現場に向かう関係者の流れを逆流するように、外の砂漠へと繋がる緊急ハッチに向かった。
 悪い予感に後押しされるように行ったそこには、まるで決まっていたことのように了が立っていた。
「どこに行くんだよ!」
 今にも開いたハッチの小さな扉から、外の世界に飛び降りようとする了に、必死でそう叫んだ。
「…ごめんね」
 あのとき了がどんな顔をしてあんなことを言いやがったのか、外の砂漠に照りつける強い日差しのい逆光になって、オレ様にゃサッパリ見えやしなかった。
「…もう了には逢えねぇのか?」
 それでも止めても無駄なことだけはわかった。アイツは、絶対に一度決めたことに自分で折れたりしねぇんだ。口ではどんなに柔らかく同意した風に見せても、最後はこんな風に突き通す。
「逢えるよ」
 嘘つけ!…嘘つけ!と頭の中で叫びながら、その声をジッと聴いていた。
 緊急ハッチの向こうの世界、白く焼き切れたその風景に溶けるように舞い降りる寸前に、了は口を開いた。
 
「すぐには無理だけど、キミが自分の力でここから逃げ出すことが出来たら、その時は僕を探しに来て!キミだけ分かるような目印をちゃんと掲げておくから!忘れないで。ボクはバクラのVoyager Recordだから」
 
 ……それが了からの最後のメッセージだった。
 
the end?


  まだ出来てない・・・・。