サイエンスの幽霊
act.1

 海馬が甘える時の癖は、額をオレの身体にギュッと押しつけてくる仕草。
 目をギュッと閉じて、全部の気持ちを自分の額に集中させるみたいにして、オレの肩や背中にくっつけてくる。
 
 実はモクバにも同じことをされたことがある。その時にその意味を知った。
 
「・・・なんか頭痛い。熱計ってよ、城之内」
 
 海馬の屋敷で、ヤツが帰ってくるのを待ちながらモクバとプレステをやってた時だ。急に押し黙ったかと思ったら、もそもそと近づいてきて、オレの背中にギュウッと額を押しつけた。
 なんだか予想以上に熱いものが背中に触れてギョッとした。慌ててモクバの額に手をやると、すぐにそうとわかるほどに熱が出てるのがわかった。さっきからやたらと顔を赤くしてるから、部屋の暖房にのぼせてるのだとばかり思っていたのだ。
「・・・やべぇな。スゲー熱じゃん、オマエ」
 背中に手を回しても、身体のそこかしこが熱かった。モクバはとろんとした目でされるがままに大人しくしている。 
 とりあえずベッドに運んでやろうと小さい体を抱え上げようとした。
 途端、バラバラと足下のカーペットに何かがこぼれ落ちる。
「オレの・・・」
 耳元に、モクバの声。                        
 片腕でなんとか抱きかかえたまま、落とし物を拾い集めた。
 散らばったのは、大きさもバラバラの幾つもの木の実。
 
「・・・ぜんぶひろえよ・・・じょうのうち」
 
 そう言って、モクバはそのままウトウトと目を閉じてしまった。
 
* * *
 
 目が覚めると、自分のベットに眠っていた。どのくらい寝ていたのかわからない。俯せになったいた姿勢から寝返りをうった。
 パチン。パチン。パチン。
 何かが床に落ちる音がする。ビックリして起きあがると、自分の掛け布団の上に沢山の木の実が置かれていて、その幾つかがフローリングの床に零れて音を立てたのだとわかった。
「・・・何、起きたのかよ?モクバ」
 ベッドの脇に椅子を置いて、突っ伏すように寝ていた城之内が顔を上げる。
「・・・拾っとけって言ったのに、これじゃまた散らかっちゃったじゃないか」
 まったくもー。
 本当にコイツは役に立たない。
「おい、城之内。コレ、何ていう木の実か知ってる?」
 転がるひとつを手にしてよだれを垂らしそうな間抜けな顔の前に突き出した。
「んあ?ドングリだから椎(しい)の実だろ」
 床に落ちて散らばった実を集めながら、城之内がそう言う。
「これは椚(くぬぎ)。今オマエが拾ってるのが樫(かし)と楢(なら)の実。そこに転がってるのだけが椎の実だよ」
 
 そう教えてくれたのは、誰?
 
「ハイハイハイ・・・もの知らずで悪かったな。全くオマエも段々兄貴に似て扱いづらくなってきたぜ」
 城之内はオレの手のひらに、集めた木の実をギュッと握らせる。触る城之内の手が、いつもと違って氷みたいに冷たく感じてビックリした。でもそれは城之内も同じみたいで、ギョッとした顔をされた。
「ゲッ。やっぱ熱全然下がってねぇな。オマエ寝てる間に、注射打って貰ったんだけどさぁ。あっ。起きたらコレ飲ませろって言われてたんだ。モクバ、口開けろ」
 その言葉に素直に口を開くと、錠剤とオブラートに包んだ粉薬を放り込まれて口元になみなみと水が注がれたグラスを押しつけられる。ヒンヤリとして気持ちいい。ゴクゴクと、あっという間にそのグラスの中身全部を飲み干した。
 
「・・・兄サマは?」
 ちょっと落ち着いたら、急に心細くなってそう聞いた。
 でも胸にチラチラするのは、兄サマによく似た誰か。
 
「電話でオマエが倒れたっつたらすぐ帰ってくるってさ。でも渋滞に巻き込まれたみたいで、さっきから電話が鳴りっぱなしだ。オレがついてるって言ってうあるからよぉ。安心して寝な」
 そう言って、まるで小さい子供にするみたいにポンポン、と頭を撫でられた。
「・・・昼間にさぁ」
 毛布にギュッとくるまって、さっき握らされた木の実ごと、城之内の手を握りながら呟く。
「屋敷の庭で、兄サマとよく似た子と一緒に拾ったんだ。コレ。」
 本当に小さい頃の兄サマが急に現れたのかと思った。そんなはずないのに。
 
 (やぁモクバ) 
 
 本当は組み立てたばかりのラジコンで試験飛行をさせていたら急にリモコンが効かなくなって、裏庭に墜落したヤツを探しに行ったんだ。最終チェックも終えてたし、コントロール不能になる理由がわからない。設計図もプログラミングも不備は考えられなかった。
 
* * *
 
「キミの捜し物はこれ?」
 どこかの私立の制服みたいな白の詰め襟に半ズボンにハイソックスに革靴。
 手にしているのはパタパタと羽根をばたつかせる青い小鳥。
     誰?」
 淡いグリーンの髪に綺麗なエメラルドグリーンの瞳。
 そう聞いても返事はない。
「ルリカワセミ?」
 そう言われた声に、憶えはない。
 彼が手のひらを広げても、鳥は羽をばたつかせているだけだ。
「ううん。似てるけど、小さいでしょ。コレはルリミツユビカワセミっていうんだ。Azure Kingfisherってヤツだよ」
 ルリカワセミの羽根の色より、こいつの方が兄サマの瞳の色に近いんだ。
 この手のラジコンは如何に生きているように動かすかがポイント。今日は夕方、兄サマのところに城之内が遊びに来るから、その時に騙してやろうと思ってテスト飛行をしてたんだ。
「ああ。瀬人の目の色なんだね」
 手の中の小鳥をゆっくりと指先で撫でながら、そう言われたからオレはギョッとした。
「・・・オレの兄サマのこと、キミは知ってるの?」
 そう聞いたら、すました顔で笑いかけられた。
 
* * *