青天の霹靂
act.1


  思えば日本に戻ってきたのは半年ぶりだった。

 アミューズメント企業としての地盤がある程度固まりだしていたアメリカの地で、テーマパークとして海馬ランドの本格的な参入とその陣頭指揮に追われて時間は飛ぶようにすぎた。
  正直、こんなにも早く戻ってこれるとは思わなかったが、ロス郊外とホノルルでの工事が着工の段階に入った時点で、今度は国内基盤を固めるために童実野町に戻る必要があったからだ。
  本社に併設した屋内型のアミューズメントパークに屋外型のアトラクションを組み入れ、今よりも幾分海よりの場所に新たな海馬ランドを作る計画だった。自治体からのバックアップも決まり、工事が着工し、こちらもようやく息がつける状態になった時、まるでそれは不意をつくように起きた悪夢のような出来事だった。

 

 

青天の霹靂

 

 

「うるさい!だから俺はこれがどこの下請けがしでかしたヘマだと聞いているのだ!貴様はただそれに答えればいい、分かるな?磯野」
  朝から怒りで気が変になりそうだった。
「ハッ。ですが社長!これは既にモクバ様からのご指示で現場の者が動いたことでして…」
  背筋をピンとして大声でそう叫ぶ磯野のせいで、その苛立ちに拍車がかかる。誰もモクバのモミ消し工作を報告しろなどと命令していない。
「…クッ。大手ゼネコンが落札した工事にしては人を馬鹿にした話だな。この一番人の目が集まっている時期に工事現場で事故。しかも怪我をしたのは、下請けの下請けが日雇いで使った高校生だと?俺を馬鹿にしてるのか?」
  その元凶を洗いざらい調べろと言ってるんだ!
  バンッ!とマホガニーのテーブルを両手で叩くと、磯野はビクッと肩を震わせた。

「兄サマ!」
  息を荒げて社長室の扉を開いたのは、小さな身体にぴったりしたスーツを着込んだモクバだった。
「副社長」
  サングラス越しでもすがるような目が見えるような顔で磯野がモクバを呼ぶ。
「磯野、下がっていいから。後はオレが兄サマに説明するよ」
  モクバにそう言われて、まだ罵倒したりない俺の機嫌を察した磯野は間髪入れずに「それでは社長、失礼しました!」と部屋を後にした。クソッ!減給してやる!!

「兄サマ」
  落ち着いた顔で俺が座る机の前に立ったモクバが首を傾ける。
「いったいどういうことだ?おまえは何を知っている!」
  バサッ!と磯野が持ってきた報告書を机に叩きつけて、大きな椅子に踏ん反り返って腕を組んだ。

「まず聞いて欲しいんだけど、作業現場で怪我した高校生っていうの、オレも兄サマも知ってるヤツなんだ」
  モクバが口をへの字にしてため息をつく。
「なんだと…?」
  ああ、そうか。さっき磯野が言いにくそうにしていたのはそのせいか。
「オレもビックリしたんだけどね。アイツって本当に人騒がせだよなー」
  搬送先の救急病院にマスコミが来る前に怪我人をどこかうちの傘下の病院に移動させようと思ったモクバがとりあえず訪れた病室で再会したのは自分の見知った男だった。
  この会社を一歩出れば普段は普通の小学生の弟が知っている年上の高校生は数えるほどしかいないはずだ。その中で、重労働の仕事しかない場所に歳を偽ってまでのこのこ現れるような男は、一人しか思い浮かばない。
「凡骨か…」
  ため息と一緒に出たのは名前ではなくていたずらに呼んだ渾名のようなものだった。名前を知らないのではない。忘れてしまったわけでもない。
  ただそう呼んだ方が、不思議とクッキリその姿が頭に浮かぶのだ。

 あの、姿勢の悪い馬鹿面の金髪男が。

* * *