青天の霹靂
act.2


「…そういうワケで、城之内には何も知らせてないんだ。屋敷の者達にもちゃんと口止めしてあるし、兄サマにも迷惑が掛からないようにするから、一週間だけ我慢してよね?」
  ジャガーXJのストレッチリムジン。広い車内でそっぽを向きながらモクバの話を聞いた。
「兄サマ…」
  ため息をついてモクバが喋るのを止めた。
  ふん、どうして久々に戻ってきた日本で、見たくもない顔と一週間も顔を合わせなければならないのか。
  モクバの言い分はこうだ。施工中に怪我をした高校生が搬送されるのを、たまたま園内を視察してたモクバが見てしまった。今の時期に工事に関するどんなハプニングもスキャンダルも避けたいこちら側の人間として(だいたいアミューズメント施設なんていう女子供相手の商売に”事故”の二文字は厳禁もいいところだ)、その場に居合わせた人間の動揺を収束して、怪我人が搬送された病院へと向かった。どうやら怪我をしたのは両目の眼球部分で、崩れた金属片やコンクリート片をまともに被ったらしい。担当医によれば失明の恐れは殆どないが、目の縁に細かい裂傷があるから、一週間ほどは瞼を開くのは避けた方がいいらしく、両目を包帯で完全に覆ってしまうことになるのだという。ですから一週間ほど入院を、と言った医者を言いくるめて、モクバは城之内を屋敷に連れ帰ったらしい。あの口さがない男を一週間も病院に野放しにしておけば、あっという間に事故の噂は広がるだろう。
「車を湾岸に回せ。アイツがいるというのなら、俺が出て行こう。一週間ほどホテルで暮らす」
  運転手に向かってそう言うと、その俺の言葉をモクバが止めた。
「だめ!屋敷に向かって!!」
「モクバ!」
  今にも顔をゆがめて泣き出しそうなモクバが、俺の身体に急にしがみついてきた。
「明日から一週間は屋敷にいてくれるって約束したじゃないか!久しぶりに二人で休みを取るって…!」
  そうだ!だからこそ、その休息を邪魔されるのはごめんだと言ってるんだ。
「ならオマエも一緒にくればいい」
  唇を尖らせてそう言うと、モクバは困ったような、でも少しホッとした顔で笑った。
「だめだよ。ホテルじゃゆっくり出来ないから、旅行にも行かないで久しぶりに屋敷でゆっくりすごしたいって言ったの、兄サマじゃない」
  そういってポンポン、と俺の肩を叩く。
「城之内は今自分がいるのが海馬の家だって知らないから。請け元のゼネコンの社長宅だって説明してある。社長は不在でしばらく息子達しかいない屋敷だからって」
  けっこう広い屋敷だし、兄サマと城之内が顔を合わせるようなことはないようにするから安心して。兄サマも休みの間に読みたい本があるからって色々取り寄せてあるでしょ?
  一生懸命宥めるようにそう言葉を紡ぐ弟の声を聞いてるうちに多少情けない気分になった―――――――こんな子供にここまで気を回させているのが、兄である自分自身だと言うことに。
「…わかった。もういい」
  小さな声で、モクバの言葉を遮った。
「屋敷に車を回せ」
  その言葉に花が咲くような笑顔を見せる弟に、苦笑しながらも向かう先にある不吉な男の存在に思わず顔をしかめた。

***