「瀬人!!」
T字路を折れて、国際線のカウンターがある南ウィングに最短で辿り着くために、交通量の多い道路をどう突っ切って渡ろうとかと向こう側を見た瞬間、茶色い頭の長身が目に入った。
オレの叫ぶ声が届いたのか、不思議そうな顔で声の元を捜すように顔を上げる。
目にするだけでこの胸を焦がすあの青い瞳が見えた瞬間、なんにも考えずにオレは、直進してくる大型トラックの前に飛び出していた。
どうやって、渡りきったのかよく覚えていない。
キーッと荒れたブレーキ音が背中越しに響く。バカヤロー!と怒号が飛んだ瞬間、オレは身をすくめる瀬人の身体に抱きついた。
昨日と同じ、瀬人の髪の匂いがする。
あとちょっとで無くしそうだったその身体を力一杯抱きしめた。
「……なんで勝手にどっかいこうとするんだよ!なんでこんなの餞別みたいに置いていくんだよ!なんでオレからもモクバからも逃げようとばっかするんだよ!!」
半分なに言ってるのか自分でもよくわからなかった。逃がすまい、と瀬人を抱く腕に力をいれることに夢中で。
それなのに。
「来るのが遅い」
まるで悪びれてない顔で、にっこりと笑った瀬人がひとことだけそう言った。オレの好きな瀬人の顔、オレの好きな瀬人の声、オレの好きな―――――― 。
余裕ぶった瀬人の首に手を回して、その生意気な唇に押しつけるみたいなキスをした。
こんな往来でそんなことをするオレに、瀬人は半ば茫然としていた。
「オレは……!嫌だからなっ!絶対っ!離してなんかやんねー!」
誰に聞かれてもかまやしねぇから。
だから大声でそう言った。
世界中に聞こえるように叫んでやったっていい。そう言ったら、オマエはオレに(恥ずかしいことを言うな)と怒るのかもしれねぇけど。
「もう離せ。ほら、帰るぞ」
必死でしがみつくオレを引きはがすみたいにして屈んだ瀬人は、オレのせいで落としたボストンバックを紙袋を拾い上げた。そしてオレが握りしめている手紙とデッキケースを見て、目を細めた。
「………読んだのか?」
すこしバツが悪そうに見えるのは気のせいなのか。
瀬人は透明な表情をオレに向けた。感情が読めない。ただ心から惹かれるばかりで。
「アメリカ」
声が震えないようにしねぇと……絶対そんな知らない場所に一人で行かすもんかとメラメラしながらオレはつっけんどんにこう言う。
「行かなくていいのか?」
オマエをどこにも行かさないって思うのは、言い訳のしようがないくらいハッキリしたオレのエゴだ。
瀬人が前から留学したがってたのは何となく知っていたし、だからこそ、今ココでオレが瀬人を引き留めようとすることに意味があるのかを知りたかった。
「行く」
ちょっとは迷ってくれるんじゃないかとか、そんなことないと行ってくれないだろうかとか、甘いことばかり考えたオレの予想に反して、瀬人はハッキリとそう口にした。
そして、やっぱりキッパリとこう付け足す。
「その時はおまえもモクバも連れて行く。嫌がっても無駄だ、俺がそう決めたんだからな」
これ以上無いような殺し文句だ。そんなの。
オマエにそんな風に言われたら、オレには断る言葉なんか全然ねぇことを知ってるくせに、瀬人はズルイ。
「………俺に拒否権とかはねぇのかよ」
赤くなったオレの顔を瀬人がじっと見つめてんのが恥ずかしくて、オレはどもりながらもそう言った。
「俺とモクバの夢に、つきあってくれるんだろう?」
流し目を送るみたいに、ふふん、といつもの悪巧みするみたいな笑顔で笑った瀬人の顔に、ああ、オレはきっと何遍でも一目惚れするんだろうな、と小さくため息をつく。
――――――結局、勝てない。こういうのは先に惚れた方が負けなんだ。
これからもきっと何度もケンカしたり、いがみあったりすると思う。罵りあったり、殴りあったり、するかもしれない。長いこれからの道程には、きっといろんなことがある。
そりゃつらいことも苦しいこともあるだろうけど、でもそれでもさ。
オマエがオレに手を伸ばしてくれる限り、オレに救いを求める限り、オレは瀬人の側にいると思う。
……なんてな、いらないっていわれても逃がしてなんかやらね
ぇけど!
* * *
オレはずっと、あの瀬人が居る窓が好きだった。
暗闇に寮の消灯時間が過ぎても勉強するために小さな灯りが灯った瀬人の部屋の窓。
オレのために鍵が外してくれてあるあの動きの悪い硝子戸の重み。愛おしく憧憬となっていた明かりを灯した窓という風景。
あれを失いたくなくて考えていたあれやこれやが、勘違いだったというのをいま知った。
あの窓はあそこにしかない窓じゃなくて、瀬人さえいてくれれば、オマエさえいてくれれば、世界中のどこにでも再現出来るオレのための窓だってこと。
それがもうわかったから、オレは大丈夫。こうなったら世界中のどこでもつきあってやるよ。アメリカでもイギリスでも中国でも、どこにだって身ひとつで。
うん、そうだな。もちろんモクバも一緒に。
破り捨てた手紙の散り急ぐ中をいつも通りの会話を繰り返しながら、オレ達は手を繋いで歩く。
いつの間かすっかり蕾が膨らんだ八重桜が風に揺らめく坂道を、あの窓のある施設に向かって歩き出していた。
夢みる布団の中でなら、簡単に取ってくれたオレの手も、起きてる瀬人はこの歳になるまで自分から掴んでくれることは一度も無かった。だからやっと瀬人から握ってくれたこの手の温もりを、今度こそもう逃がさないように、オレもギュッと力を込めて握り返した――――――。
the end
2003.8.15
Text by MAERI.KAWATOH
最後まで読んでくださってありがとうございました…!
さて。この孤児院のシリーズのWEB再録はここまでとなります。このあと、アメリカに行かなかった瀬人はとりあえず大学生になって、バイト先のケーキ屋に就職した城之内と二人、長屋で暮らすようになります。神社が裏手にある夏は暑くて、冬は凍える2DKです。最終的には、大学出るまでに瀬人はアメリカ留学をはたして、城之内もそれについていけてたらいいなぁ…!(→このへん妄想)
もちろん、その時は、モクバも一緒です。またいつかそういう続きが書けたらいいなぁ。
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