『オレさ、オマエの作りたい未来にいたい。ずっと瀬人の横にいたい。なぁ、オマエの夢につきあわせてよ』
去年、一緒に海に行った時、瀬人とそんな話をした。
学校にいる時も、施設にいる時も、瀬人にはどこかしらある日フッと消えてしまいそうな雰囲気が漂っていた。どこにも属してないような、なににも染まりはしないような。
まるでトランプのジョーカーみたい存在だった。
もう逢えないっていうんだろうか。永遠に?
嫌な考えばかりが頭に浮かんだ。いや、あの部屋に行けばきっと瀬人はいつもみたいにベットに凭れるみたいにして文庫本のページを捲ってるんだ。
「瀬人!!」
オレが勢いよく開けた瀬人の部屋は、がらんと片づいていて、部屋の隅に私物が入っているらしい段ボールが幾つか積み上げてあった。悪い予感が、全部当たる。
「あら、克也くん」
大きな声を出したせいか、驚いて飛んできた風情の寮のおばさんに、「これね、瀬人くんから預かってるのよ」と白い封筒を渡された。
「おばちゃん、瀬人は……!」
縋るみたいにそう訊くと、おばさんはアラアラ、といいながらちょっと困ったみたいな顔をした。
「やだ。克也くん、まさか聞いてないの?瀬人くん、アメリカに行っちゃたのよ」
今度こそ、本当に目の前が真っ暗になる。
それでもなんとか両足で地面を踏みしめて、オレは震えっぱなしの自分の指に思い切り歯を立てると、その微動を止めようとした。犬歯でちょっと切った人差し指に、すっと血が滲んだ。
綺麗に破けなかった封筒。その白い便箋の真ん中にそっけなくならんだ三文字の言葉。
『幸せに』
…それは、確かに瀬人の筆跡で。
そんなの見間違うわけないのに、それでも信じられなかった。
手にした便箋の上にパタパタと水滴が零れる。一瞬それか何かわからない。すぐに視界が潤むみたいに歪んでやっと、ああ、なんだ、オレの涙か、と思った。
壊れた涙腺。嗚咽が漏れる。
置いて行かれた。
こんなの死刑宣告と一緒だ。
「克也君?」
「…瀬人は?なぁ、おばちゃん!瀬人は?!」
まるで聞き分けのない子どもみたいに大声で同じことをオレは繰り返し叫んでいた。
* * *
グシャグシャになった手紙と枕元から持ってきたデッキケースを握りしめて、オレは空港に続く大通りへと走り出す。
(お昼の飛行機って言ってたから、まだ間に合うかもしれないわ)
こんな格好悪りぃのねぇなって思いながら、ゴシゴシとエアテックの袖口で涙を拭う。
瀬人は、いったいどんな気持ちでこの手紙を書いたんだろう。
『幸せに』、ってどうやって?
オマエがいないのに、いったいどうやったら幸せになれんの?なぁ。教えてくれよ!オレひとりで、どうやったら?
バッカヤロー!
ああ、結局瀬人にはなんにも伝わってねぇんだと思ったら、ショックで胸が裂かれそうだった。
なんでわかってくれねぇんだよ。
こんなにオレがオマエを好きなことも、すっとオマエしか好きじゃないことをも。
オレはもうオマエがいないとどうやって生きていけばいいかわかんねぇことも!
ちょっとくらい、伝わってるのかと思ってた。逢うたびに譫言みたいに「好きだ」と繰り返しているうちに、いつかオマエにも伝わるんじゃないかって。
でもそれは勘違いだった。
昨日、きっと瀬人はオレのところに最後の別れを告げに来たんだ。なのになんでなんにも気づかずに、オレは浮かれてお気楽な顔して瀬人を抱いたんだろう。
昨日のアイツはおかしかった。
いまにして思い返せばなにもかもが変だった。
あんな不安そうな顔なんて、オレに見せたことなかったのに。
昨日のオレは、あの身体に触ることしか、全部絡めてとって奪うことしか、頭になかった。
柔らかい唇にそっと口づけても、調子に乗って瀬人の口内を舌先で舐めても、それでも瀬人は大人しくしてるから、だから激しく舌を絡めるようなキスをして、濡れた甘い吐息も、囁くみたいな小さな喘ぎも、全部、執拗舐めとるようにあの唇を犯すのに夢中になった。
それでも瀬人は怒らなくて。そうだ、今まで見たこともないような、なんだか寂しいようなボンヤリしたような顔でじっとオレを見返していたのに!
なんで何にも気がつかねぇんだよ?!
もうすぐ空港が見える。息を弾ませながら、オレは走る速度を更に上げようと前のめりになる。
この坂を下りきって右に折れたら――――――。
* * *
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