夜と夜の恋人
act.5

 

 目が覚めても隣に瀬人がいるのに気づく瞬間、オレがどのくらい嬉しいかなんてきっと誰にもわかんねーと思う。抱きしめたまま寝てたせいで、瀬人の身体の下に差し入れていた腕は痺れて感覚が無くなっていた。
「…痛てぇー…」
  その声で目が覚めたのか、ごそごそと瀬人がこっちを向いてオレの腕から逃げようと、ぶつかる肩を両手で押してきた。
「いいかげん、離せ」
  本当に嫌そうな声でそういう瀬人が懐かしくて、ほんの半月聴けなかっただけなのにこんなにドキドキした。
「うん」
  よほどいい笑顔でオレはそう言ったみたいで、オレの腕の中から抜けて起きあがる瀬人が、「本当に変わらないにやけ面だな」と呆れて言った。
  腕の中をすり抜ける瀬人の手首をシーツの上に留めると、背中からのし掛かるみたいにして茶色い髪が零れるうなじに口づけた。
「…バッ…」
  馬鹿、と言いたいんだろうが顔を赤くして口ごもった瀬人は、予想通り、握り拳でオレの頭をゴンッと殴った。
「フザけるな!!」
  オレはもうなんか幸せすぎて、ずっとケラケラ笑ってた。
  自分ばっかり楽しくて、だからあの時、気がつかなかったんだ。

――――――この夜ごと全部、瀬人からオレへの最初で最後のリップサービスだったって事に。

 そうだ。オレは全然気がつかなかったんだ。

* * *

 
  あの後、一緒に風呂に入って戯れて、邪険にされて。
  そのまま瀬人が帰った後、オレは新しいシーツをベットに敷き直して、汚れたそれは後で洗おうと洗濯カゴに突っ込んだ。

 とりあえずもう一眠りして、昼からバイトに行って、帰りに瀬人の部屋に寄ろう。たこ焼きかなんか買って、久し振りに二人で食うのは楽しそうだと思った。
  そしてあまりにも疲れてたせいで、オレは枕元の棚に置かれた瀬人のデッキケースにすぐ気がつかなかった。気づいたのは、昼前に鳴り響く目覚ましを止めようとした手の甲に、カツンとそれが当たった瞬間だった。
「?」
  あれ?オレ、自分のデッキ、こんなところに置いたか?そう首を傾げながら、市販の凡庸な黒いプラスチックケースの蓋を開ける。そういえば決闘も随分と長いことしてないな、と思った。
  そしてザラリ、と掌に零れたカードの表を見て息を呑む。

「ブルーアイズ……?」

 それは瀬人が大事にしていた青眼白龍のカードだった。他のカードも、オレは見たことくらいしかないレアカードばっかりだ。ヴァンパイア・ロードにデビル・フランケン、死のデッキ破壊ウィルス、カオスポット、見たことしかないっていうか、どうかんがえてもこれは瀬人の。

――――――そしてその瞬間、全部の疑問が一気に解けたような気がした。

 背中に震えが走る。なんで、これがココにある?
  瀬人が忘れていったとか……そういうのはあいつの性格から考えても絶対にありえなかった。それはオレが一番よくわかってる事じゃないか、克也。
  それは一度も触らせてさえ貰えなかったくらい、瀬人が大事にしてたデッキだった。大体、決闘者が敵にその手の内を見られるようなことを好んでするはずがない。しかも相手は瀬人だ。

 急に喉が渇いた。額に震える手を押し当てる。

 だとしたら、瀬人はわざとココにコレを置いていったっていう事になる。そう、まるで餞別みたいに。

「瀬人!」

 思わず名前を呼んでしまった。自分の記憶の中からさえも、その姿を消してしまうような気がしたんだ。

 意地っ張りで、本当はすごい照れ屋で、とんでもない負けず嫌いの。

 バラバラとシーツに零れたカードみたいに、思い出が頭の中に降り注ぐ。記憶から失うまいと、切り取り続けた瀬人の色んな表情が、頭の中をグルグル回ってすぐに視界が滲むみたいに歪む。嗚咽が漏れた。

 瀬人、瀬人、瀬人。

 ちがう、こんなことしてる場合じゃない。捜して捕まえないと。この腕に取り返さないと。
  そうパニック寸前の頭で辛うじて思考を巡らせて、散らばるカードを元通りデッキケースに戻す。頭をブンブン振って、邪魔な涙を拭う。しっかりしろ!

 そして寝ていたTシャツにカーキーのエアテックを羽織って部屋を飛び出した。震える手には、瀬人のデッキケースを握りしめて、まるで短距離走のように瀬人が居るはずのあの部屋を目指した。

* * *


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