そうやって黙って瀬人の部屋に行った次の日。
結局、やっぱりオレを無視し続けるあいつに対してどうすることもできなくて、そのまま学校は期末考査の後のテスト休みに突入してしまった。まとまったこういう休みの間は稼ぎ時だから、短期のきついバイトを入れてたオレは全く瀬人と逢うことが出来ない日が続いた。
バイトが終わる頃に施設の前を通っても、いつも瀬人の部屋の窓は消えていて、空を見上げると冬の凍てつく闇に沢山の星がジンジンと瞬いていた。
冷えた指先に白い息を吐きながら、それでも明かりの消えた窓をしばらく眺めて家路についた。
だけど終業式の日こそちゃんと謝って、春休みはちょっと休みも作って瀬人と一緒にモクバに会いに行ったりしようと思った。そういう楽しいことを考えていないと、気持ちがこの暗闇の底の底まで落ちてしまいそうだった。
だからあの日、瀬人の声で目が覚めて、オレははじめ夢の中の人に話をしてる様な気分でいたんだ。だって「城之内」と、オレを呼ぶ瀬人の声はまるでモクバを呼ぶみたいに優しい声だったから。
終業式をうっかり寝過ごしたオレのところにやってきた瀬人はなんだか様子がおかしかった。
でもオレはそのまま瀬人の顔を見ていたら自分が押さえられなくなりそうで、せっかく来てくれたコイツにひどいことをしてしまいそうで、どうしていいかわかんなくなって膝を抱えて俯いた。
「……どうしたんだよ、瀬人。珍しいじゃん。ウチに来るの」
自分の足の爪を見つめるみたいにしながら乾いた声でそう訊くのがやっとだった。
「おまえに渡したいものがある」
怖くて顔は見れない。
でも近づいてくる瀬人の膝が見えた瞬間、顔を上げてしまった。あの青い瞳を正面から見てしまった。
「瀬人」
反射的にその腕をからめとって、オレは瀬人の身体を床の上に押し倒していた。
心臓が、悲鳴を上げて軋む。
この震えが伝わらないようにと願う気持ちで白い頬に掌をあてがった。そうしたら瀬人が睫毛を震わせるように瞼を閉じるから、人差し指を伸ばしてその柔らかい唇に触れた。頬はまるで陶磁器みたいに冷たいのに、口の中は温かかった。吸い寄せられるみたいに自分の唇を近づける。
瀬人はそれを拒もうとはしなかった。
もっと欲しくて、もっと触れたくてそのまま深く口づける。どちらのかもわからない唾液が、瀬人の白い喉元をつぅっと伝う。
「……満足したか?」
どうとっていいのかわからなくなるような、イノセンスめいた綺麗で少し不安げな顔。
「なんで怒らねぇわけ?」
そう訊くと瀬人は何か言いかけるみたいに口を開こうとする。その瞬間、いつになくいた子どもみたいなあどけない表情が、引き裂かれるよう苦く歪んだ。青い瞳からうっすらと涙が溢れて僅かにその睫毛を濡らす。気の強さがにじみ出るみたいな瀬人の厳しい瞳が、涙で潤んでいく様子に、オレは思わず見とれてしまう。
「どうしておまえは、俺なんかがいいんだ?」
そしてその甘くぐずるみたいな声に欲情した。
一度そう思ってしまったらもうどうにも我慢出来なくなって。もっと、もっとコイツに触りたくて。
起きあがった俺は、瀬人の腰を掴む。
そしてそのまま布団を敷いてある二段ベットの下段にその長い手足を押し込んだ。いつも一人で眠るのにも狭いそこは、男二人が入るとまるで棺桶みたいだった。天井が低くて、幅も狭くて。
こんどは布団の上に押さえつけて自分の身体の自由を奪うオレを見返してる瞳には、怒りも怯えもなく、ただどこまでも屹然としてみえた。
ちゅっ、とわざと音を立てて熱をもった唇に小さなキスをする。瀬人はこういう時、昔から目を閉じない。変わらない部分を、俺しか知らない瀬人を、こうやって見つけるたびに嬉しくておかしくなりそうになる。
茶色い長すぎる前髪が乱れて、綺麗な目がいつもよりよく見えた。少し潤んだ、熱っぽい双眸。
オレは興奮しながら、優等生らしく乱れのない黒い学ランの前のボタンをひとつづつはだけた。中に着た白いワイシャツの上からその胸を掌で撫でて、見つけた小さな膨らみをそっと指で摘む。
瀬人の頬に、スッと朱がひかれる。
こうやってここを嬲ると瀬人はいつもオレを責めるみたいに目を細めて睫毛を僅かに震わせる。
なにか言いたそうに薄く開く唇から漏れる、喘ぎにならないような小さな吐息すら全部奪いたくて、息が苦しくなるような唇のあわせかたをした。溢れたどちらのともつかない唾液をごくん、と呑み込む瀬人の喉が震える。
身体の芯がどんどん熱くなっていく。もうくるしくなっってきた股間を、割りいった瀬人の太股へと乱暴に押しつけた。
「いいよ、な?」
焦る声が乾く。
馬鹿にするみたいに笑われるかと思ったのに、瀬人は食ってくれとその身を投げ出したウサギみたいにじっとして、オレの好きなその綺麗な青い瞳を閉じた。
その思わぬ許しが半ば信じられなくて、それでも一年以上お預けをくわされて焦がれつづけた身体をこうやって目の当たりにしたら、理性が一瞬で吹き飛ぶくらいテタラメにサカってる自分がそこにいた。これじゃあ本当に発情してるタダのオス犬だ。
それでも、どうにも歯止めなんてきかなかった。
瀬人の髪を撫でると、触れたさきからそのまま頬にサラリと流れた。無意識なのかすぐにシーツに右頬を押しつけるみたにするから、白い首筋と露わになって、耳たぶの辺りが、薄暗い闇にボンヤリと浮かびあがる。浅く息をつくその喉が小さく震えていた。
両手でむしるようにはだけた瀬人のワイシャツのしたは白のアンダーシャツで、オレはその上からさっきから指で弄りすぎた膨らみを、舌先で舐めるように吸い上げる。
「……クッ」
堪えきれないのか小さな声が漏れる。
それを聞きながら、どんどん頭が白くなっていくこの感覚。
腰を触ってた手をずらして、瀬人のファスナーを降ろして下着に手を入れると、その中で立ち上がりかけていた雄を乱暴に引きずり出す。
「…ッぁあ…」
執拗に触りながら、自分のベルトも片手で外して、ベッドの柵の外へ投げ捨てる。まどろっこしくて下着ごとズボンは脱ぎ捨てて、もう反り返ってる自分自身を瀬人のそれにすりあわせた。
「ヒッ……!」
抵抗しかける瀬人の左手を慌ててシーツの上に縫い止める。右足をオレの肩にかけさせてそのまま右手もシーツに押しつけた。両膝をつきながら、瀬人の後ろに自分の濡れた先っぽで触れるみたいに軽く突いた。
「んッ……あ……」
声だけでイキそう、と、思いながらもっと意地悪く擦り合わせる。
「もっと、普通に」
薄く熱っぽい目を開くみたいにして瀬人がオレを見ていた。甘い声を漏らす唇を軽く噛んでチュッと吸う。
「普通?」
自分でも驚くくらいに涼しい声だった。
「な、んで」
瀬人がそののぼせたみたいな声を、オレのために出してくれてると思うとどうかなりそうなくらいに嬉しい。
「だってもっと色んな顔、すっげぇやらしい顔させてぇもん」
そう言って、瀬人の頬に唇を押し当てる。もう十分に勃ったお互いも同じように音を立てて擦りあわせると、恥ずかしいのか瀬人が泣きそうな顔で眉間に皺を寄せた。
「克っ…也」
名前を呼ばれた瞬間、頭の天辺から足のつま先まで、ボッと音を立てるような激しい炎を放たれたと思った。
その後も、どうかなりそうなくらい興奮したまま、瀬人の身体を抱いた。小さく悲鳴をあげる唇をキスで塞いであやすみたいにしながら瀬人の中でイッた。瀬人の中はひどく熱くて気持ちよくて、泣かせた瀬人の瞼が腫れだしたのに気がつくまでの間、自分の飢えを満たそうとどんなムチャをしたのか正直よく覚えてない。
瀬人を背中から抱きかかえるみたいに眠りにつくのも久し振りで、オレはいつもみたいにその痩せた下腹に触れた。
柔らかい女の子のそことは全然違う締まった肌はひんやりと冷たくて、まるで卵を暖める親鳥になった気持ちで、そこを撫でる。鼻先をくすぐる瀬人の項にかかる髪は、甘いオレンジみたいな匂いがする。オレはその肩に顔を埋めるみたいにして、深い眠りの底に沈んでいった。
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