早く仲直りして、瀬人の側にいたいと思った。
モクバのことはそれなりに丸く収まったと聞いていたのに、オレの前だと瀬人の顔がどんどん厳しくなっていくのがたまんなくて。
そういうマイナスの感情でいっぱいになりながら、瀬人の部屋から一番近い道に面した柵のこっち側から、その窓の明かりをずっとみていた。
バイト先を出た時はパラパラとしか降ってなかった雪は、柵の内側に植えられた椿の葉にうっすらと白く降り積もりだしている。
オレの腰の高さほどしかない鉄柵にしばらく手をかけていると、雪に濡れたその冷たさに指先の感覚が無くなりそうになった。
少し、迷った。
でも迷っていたら、どんどん雪が降り積もるように頭の中が瀬人のことで一杯になってきた。子どもの頃から積み重ねてきた十年近い思い出がザワザワと思考回路を埋め尽くしていく。
どんなに好きなんだ、と正直呆れるくらいだった。
追い返されてもいい、罵倒されてもいいと思った。いますぐ瀬人の顔が見れなかったら、オレは死ぬんじゃないかと思うくらい、追いつめられてるのがわかる。
オレは溜め息をひとつついて、横飛びするように鉄柵を越えて瀬人の部屋の窓に近づいた。
灯りが点いてるから、窓に手をかけるとスラリと開く。本当は鍵が掛けてあったら帰ろうと思ってた。
「瀬人?」
いないのかな?と思って背伸びして中を覗き込むと、姿が見あたらない。窓を開けたままにするわけにも行かずに久しぶりに夜のこちら側から、明るい部屋の中に上がり込んだ。
窓を閉めると、凍えていた手にじんわりと体温が戻ってきた。窓のところについてる温水ヒーターの通風口でかじかむ指先を開いたり閉じたりして熱を取り戻そうとした。
すっかり外の空気を振り払ってから二段ベッドの下段を覗き込むと、瀬人がいつもと同じように枕に顔を押しつけるみたいに俯せになって眠っている。そんなので息がちゃんと出来ているのか見ると不安になる、そういう寝相だった。
いつも両手を、その長い指を、瀬人は額を押しつけた枕の向こう側に重ねるようにしているから、こうやって側に居れる時、オレはいつも同じ行動に出る。
「瀬人」
起こさないように小さな声でその名前を呼びながら、そっと、眠ってる瀬人の手を握る。
柔らかくその手を握ってやると、瀬人はいつも決まってものすごい力で俺の手を握り返してきた。一瞬、起きてるのかと勘違いしてしまうくらい力強く、瀬人は俺の手を掴む。
そうされるのが嬉しくて、だからオレはいつも眠る瀬人に自分の手をさしのべた。握り返される力が強ければ強いほど、自分必要とされているような気がして、頬が緩んだ。
白くて冷たい手が、愛おしくてたまらなかった。いつも本当は涙が出そうになった。瀬人のことが、好きで好きでどうしうようかと思った。
「好きだ」
眠ってる瀬人に届かなくても構わない。
「好きだよ」
こんな夜に潜むようにしてだったら、呼吸する背中がゆっくりと上下するのをいつまでだって眺めれた。
ああ、まるで眠って見る幸せな夢みたいだ思いながら、オレは目を細めて思わず口元に笑みを浮かべる。
現実の瀬人は幾らそう告白しても、多分永遠にこの思いに答えてはくれないから。だから夢の向こう側では許されてるみたいな気分になれた。握り返される指先の力分だけ、こんなに好きでいることを、瀬人に許されてるみたいな気分に。
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