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無事に今日も朝のお勤めを終えた後、駅からダッシュで校門に駆け込んだのは始業ベルもギリギリで。
息をあげながら教室に駆け込むと、「城之内ィ〜、アンタまたギリギリじゃん」と入口から一番近い席に座っている杏子が手をひらひらさせた。
「オハヨー、だってバイトがよぉ・・・」
そう愚痴をこぼし賭けた瞬間、教室に入ってきた担任に出席簿でパシッと頭を叩かれる。
「城之内。さっさと自分の席に着く!」
うぜぇ〜・・・と思いながらもすごすごと一番後ろの真ん中にある自分の机に向かった。
そんなオレを見て、アハハ、と隣の席の遊戯が笑う。
(城之内くんオハヨー)
小さい声で挨拶してくれるのは表の遊戯だ。最近は簡単にわかるようになった。
遊戯の中に二人の人格が共存していて、場面場面で二人のどちらかが現実に立ち会っていた。まぁ普段はこの本来の遊戯が対応してて、決闘になると裏の人格の遊戯が出張ってくるカンジだ。
「よ。オハヨー」
本当はどっちの遊戯でもいいんだ。どっちもオレのダチなのには変わりないから。
机の中に入れっぱなしの教科書の束から、一限でやる日本史の教科書とノートを探し出す。
「城之内くん。城之内くん」
ひそひそ声で隣から名前を呼ばれた。
「あー?」
パラパラと半分もとってないノートを捲りながらいい加減な返事を返す。
「今日ね。バイト無いなら僕の家に寄っていかない?じいちゃんが新しいカードが入るって言ってたからさぁ」
そういえばココんとこしばらく遊戯の家にも遊びに行ってなかったっけな。
「おう。今日は何にも予定もねぇし、久々に遊戯とサシで決闘しようぜ!」
声を潜めてそういったつもりだったのに、担任の「城之内!私語は慎む!」という声が飛んできて、クラスの連中の失笑を買ったんだけど。
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「城之内くん!送って行かなくていい?」
放課後に遊戯の家で遊んでるウチに、すっかり日も暮れて晩飯まで御馳走になって、帰る頃には、もう十時を回っていた。
「杏子じゃあるまいし大丈夫だって(笑)!」
心配そうな顔をしてオレを見る遊戯に、思わず笑みがこぼれた。
オレらが学校から帰ってくると、遊戯のじいさんはやれ今日の店じまいを手伝えだの、自分も決闘の仲間に混ぜろだのと子供みてぇにはしゃいでいた。その横で遊戯は、王国の一件で入院してたじいさんがもう元気そうにしてるのが嬉しいんだと言っては、終始ニコニコと笑っていた。オレもなんかつられて嬉しくってさ、ついつい長居しちまったんだ。
「じゃあまた明日、学校で」
「おう!またな」
玄関に立って手を振ってる遊戯にオレも片手をあげて別れを告げた。
「明日は遅刻しないでよね〜!」
余計なひとことが後ろから追ってくる。ウッセーって(笑)!
いつもこんな時、わざわざ振り返らなくても遊戯は、オレの姿が見えなくなるまで手を振り続けてることを知ってる。
背にしたのは、多分平凡に幸せなひとつの家庭で。
そういうのが羨ましくないというのは嘘で、でもこんな時、そんな羨望以上に自分の気持ちが優しく照らされてるような気がしてならない。
中学の頃、家も学校も面白くなくて、つまんねぇ連中と、つまんねぇことばっかやって毎日夜と夜を渡るみたいに暮らしてた。あの頃、自分の気持ちの一
番底はものすごく冷え切っていたのを憶えてる。
そうだ。中学に入った頃からオレは、しょっちゅうイライラしちゃあ、誰彼構わずケンカを売っては買うの繰り返しで。悪いことにあの頃はまだ今よりゃ足腰が立ったオヤジ相手に毎日家でも死闘を繰り広げてただけに、ことケンカにかけては負けなしだった。
なまじっかそんな風に腕っ節が強かったから、ホント、負けるのがムカツクってだけで売られたケンカは買いまくってた。なのにどんなに蛭谷達とバカ騒ぎしても、騒げば騒ぐほど、暴れれば暴れるほど、どんどんオレの感情は凍っていった。
どういえばいい?あの頃は自分の視界に映るもんは何でも異様にクールでさ。
笑うことも忘れてた。自嘲じゃなくて、微笑むことを。
でも今オレは遊戯や杏子や本田や獏良達と一緒にいると、なんか、たき火に手をかざした時と、似たような気分になるんだ。遊戯とツルむようになってもう結構たつけど、あのプールに飛び込んで遊戯のパズルの破片を探した日、見つけたのはパズルだけじゃなくて無くしてた熱くなれる感情だったんだと思う。
友情とか、一生懸命とか、精一杯とか。
オレさぁ、つまんねぇ奴らにまみれてるウチに、そーゆーの全部カッコワリィやって思ってた。
でもあいつらと一緒にいるようになって、そこでオレが否定していたものこそが、元々の自分だってことに気づかされた。
本当のオレは、熱くてウザくてお調子者で。
でもずっとそういう自分を否定してたから、木偶人形みたいに中身のねぇガキとして、つまんねぇ時間を随分長いこと生きていた。高校に入って中学でツルんでた悪い連中とのつき合いも自然消滅しちまって、それでもなんか毎日「つまんねぇ」ってばっか言いながら、ホントにどうでもいい時間ばっかを重ねてた。
何かに夢中になることや、何かに一生懸命になるなんてのは、やっぱカッコワリィってバカにした。
あの日、遊戯が解いたのは、オマエのパズルだけじゃないって、いつか言いたい。
なんか今更で、それこそカッコワリィかもしんねぇけど。
そんなことがあったからこそ、オレは海馬のことが気になってしょうがないのかもしれないってたまに思うことがある。だからアイツにどんなにえげつない言葉の石つぶてを投げつけられてみても、オレはそれをどこかで本気で避けれないでいるのかもしれないんだ、と。
まるで子供の頃の自分に、イケてなかったちょっと前までの自分を責められてるみたいでさ。
でも少なくともアイツの弟は、モクバは、海馬の中の本当をひと欠片見つけだすことが出来たんだ。この間だって、アイツが弟を観てる目はスゲー優しかったから。
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遊戯の家を後にして、オレは多少重い足取りで家に帰ってきた。団地の下から三階の自分の家を見ると、全部の電気が消えていた。こんな時間に寝てるワケねぇ飲んだくれのオヤジは、多分どっか外に酒を引っかけにでも行ってるんだろう。
昨日の今日じゃ、顔を逢わせたくも無かったから、ちょうどいいと思いながら薄暗い階段を上がった。ところがドアの前で学生服のポケットを深くまさぐってみても、そこにあるべき鍵は見あたらない。
「やべー・・・・どっかに落とした・・・?!」
遊戯ン家でオレ、学ラン脱いだっけ?違う、脱いでない。じゃああれ?いったいどこいった??
最後に使ったのは、昨日学校から家に帰ったときで、そのあとオヤジとケンカして家を飛び出して・・・海馬の部屋で風呂借りたときに・・・あっ、そうだ。乾燥機!
というか、他の場所に心当たりねぇ・・・やべー、オレ、アイツの連絡先とか全然わかんねぇじゃんよ。
「げぇー・・・しかも絶対またなんか言われるって!」
いつ帰ってくるかわかんえねぇ親父をココで待っていても埒が明かず、おれは覚悟を決めて今昇ってきたばかりの階段を降りた。
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時計を見れば、昨日と同じ時間。そんで同じ車、同じSPと運転手。
開かれた後部座席から出てきたのも、昨日と同じ、海馬瀬人。
「・・・そこでいったい何をしてる」
半ば呆れた口調でそう言われる。いや、まったくもってごもっとも。
「実はさぁ、オレ、オマエの部屋の風呂場に、家の鍵忘れちまったみたいで困ってんの!ほんと悪いんだけど、ちょっと探してってもいいか?」
ここで言い訳めいたことを言うより、あっさり本当のことを言った方がいいと思った。
「・・・本当に貴様、間抜けにも程があるな」
?笑った?
一瞬、海馬の口元が笑ったみたいに見えたんだけど。
「迷惑だ、と言ったら?」
やっぱ笑ってる。意地悪くだけど、ちょっと嬉しそうに見えなくもない。
「マジでごめん!頼むよ〜、オヤジはどっか行って帰ってこねぇし、団地の入口で凍死しちまうって」
吐く息が白いんだ。オレも海馬も。
「馬鹿な犬は躾も礼儀もなってないからしょうがないな、まぁいい。特別だ、ついてこい」
「やった!」
さっさと自動ドアの向こうに消えかける海馬の後を、オレは慌てて追いかけた。
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