翌日、二週間ぶりに登校した学校だったが、俺の後ろの席はついに空席のままで、成績表が配られる。
城之内は、結局最後まで姿をあらわさなかった。
遊戯達が話すのを何気なく聞いていれば、なんでも昨日の追認考査にはちゃんと出席していたらしかった。
もう二週間もいったいどこでどうしているのか、どうでもいいときには人の周りをウロチョロしてるくせに、肝心なときには姿を消す役たたずめ。
「出発は明日だって聞いてるよ。こっちの学校の手続きは春休みのうちに僕が何とかしておくから、頑張ってきてくれ」
帰り際に担任が、まるで自分の手柄のように嬉しげに、俺の肩に手を掛けながらそう話し掛けてくる。
「せっかく与えて貰ったチャンスを無駄にしないように頑張ります」
最後まで優等生面を崩さずに、俺は卒のない笑顔でそう答えていた。
俺の鞄の中には、カタカタと揺れる小さな箱が入ったままで。
明日の朝にこの町を出る以上、最後に城之内に逢う時間は今日しかとれない。だから午前中で終わった終業式の後、俺は随分久し振りに城之内の家へと向かった。
小さな溝のような川沿いに、学校から港に向かって歩いていくと、大学病院の少し手前くらいに城之内とその父親が暮らす公営団地がある。四階建ての古い建物は、外壁にヒビが入っていて、鉄筋の柵のペンキは、所々が剥げて赤い錆び止めの部分の色が剥き出しになっていた。
ゆっくりと真ん中の階段を三階まで上がる、
”城之内”とプラスチックの表札が入ったそのドアは、不用心にも開きっぱなしになっていた。
「城之内」
俺は試しに開いたドアの隙間から、奴の名前を呼んでみた。
「城之内?」
玄関に脱ぎ散らかしてあるのは、見慣れた城之内の靴だったから、俺は勝手知ったるその中に上がり込んだ。
細い玄関奥の廊下の右の部屋を見ると、床に倒れた制服姿の城之内が寝息をたてていた。
なんだ、いるんじゃないか。
「城之内」
俺は眠るその側に跪きながら、学生鞄をそこに置いて、金色の髪をクシャッと撫でた。
「……ん…」
そのまま寝返りを打って、うっすらと瞳を開いた城之内は、そのフレームに俺の顔を捕らえた。
「瀬人?」
まるでベッドで恋人を呼ぶみたいな甘い声で自分の名前を呼ばれる。
「起きろ」
まだボンヤリして焦点が定まっていなかった目に、すぅっと生気が宿る。
「何時?」
頭を振りながら、ボンヤリした声でそう言われたので、時計を見た。一時半。
「嘘っ!やべ!俺学校サボった?」
慌てて起きあがってそう言うのを聞いて、少しホッとした。てっきり俺に会うのが嫌で来なかったのかと思ってたからだ。
「ああ。よく寝ていたな」
そういうと、起きあがった城之内は、ガシガシと頭を引っ掻いていた。
「……どうしたんだよ、瀬人。珍しいじゃん。ウチに来るの」
おまえが来なくなったからだ。
それは悔しくて口に出来ない一言。
「貴様に渡したいものがある」
膝を抱えるみたいにして座り込んだままの城之内は、表情が見えない。
近寄るためについた膝を進めようとしたら、伸びてきた腕にからめとられて、床の上に転がされる。
「瀬人」
低く囁くみたいに、オレの名前を呼ぶ、声。
唇があわせるみたいに重なって、城之内の大きな手が頬にあてがわれる。掌が暖かくて目を細めたら、城之内の指が俺の閉じて
いた歯のかみ合わせを指でこじ開けるみたいにして、舌を絡める深いキスを仕掛けてくる。ふたりの唾液が混じって口の端から喉元に伝う。
「……満足したか?」
しばらく貪るように口づけた後、キスを止めた城之内はじっと俺の顔を見返してきた。
「なんで怒らねぇわけ?」
自分の表情を俺の学制服の胸元に、押しつけるみたいにして動こうとしない。俺は返す言葉を口に出来なくて黙り込んだ。
(最後だから)
そんな言葉は口に出来なかった。おかしい。それを言うために俺はここに来たんじゃなかったのか?
「どうして」
代わりにずっと聞きたかった言葉を口にした。
「どうしておまえは、俺なんかがいいんだ?」
―――――― まるで泣く寸前みたいな、情けない声しか出ない。
* * *
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