甘い手
act.8

 

 城之内に腰を掴まれて、狭い二段ベッドの下に押し込まれる。天井がうんと低くて薄暗い闇にくるまれているみたいなそこはやけに静かだ。こいつと初めてセックスをしたのも、そういえばここだった。あの時はまだここが狭いと思わないくらいには俺もこいつも幼くて、自分たちがしていることの本当の意味さえも分かっていなかった。
  キスの仕方は変わらない。
  ワザと俺に見せようとするみたいな仕草で目を閉じて、ちゅっと音を立てるみたいに小さなキスをする。俺がそれを目を開いたまま見ているのを知っている城之内は、すっと唇を離して目を細めて笑うみたいな顔でもう一度目を閉じながら、今度は深くねっとりと口づけてくるんだ。その表情につられて同じように目を閉じたら、自分もそんな風に幸せそうな顔が出来るのかと思う。
  掴まれた腰から這い上がってきた手が手首を掴んで上に押しのけるみたいにするから、ベッドの横の囲いにカタン、と当たる。
  つい目を開けようとすると、城之内が空いた手で胸をまさぐってきたから慌ててまたギュッと目を閉じた。学ランの前をはだけられて、一番上までボタンを留めたままの白いシャツの上から、小さなふくらみを探し当てられる。

(中学の頃、おまえのこと初めて抱いたときにさぁ)

 もう随分昔、こういった行為の最中でも普通の会話が折り混ざるようになった頃、熱に浮かされるみたいな声で城之内が得意げにこんなことを言った。

(人間の唇とここって、同じ色してんだ、って、思って。女子のってあんまわかんねぇけどさぁ、おまえのは桜の花びらみてぇな色なのな。)

 囁くようにキスしながら、シャツの上から胸の先を摘まれる。
  こういう行為は久し振りで。
  必要以上に反応してしまうのが自分でもよく判る。

 あの時、平らな胸の蕾を摘んで嬲りながらいわれた言葉は、いつまでも耳について離れなかった。こうやってキスされて抱かれるたびに、反芻する。ウットリした声で囁かれた言葉を。そしてくすぐったい指の動きに震えるようにして応えながら、こいつはそういったことをまだ覚えているだろうかと疑問を抱く。
 
  キスが深くなっていって、どんどん息が苦しくなってきた。城之内はまったく退く気がなくて、俺は息苦しさに眉を顰めながら、どちらのと分からない唾液をごくりと呑み込んだ。
  割り込まれた足の間に、城之内の股間を押しつけられる。
  ………見なくても、それがどういう状態なのかは分かった。まったく呆れるったらない、この万年発情期が。
「いいよ、な?」
  乾いた声が頭上から降ってくる。

 返事の代わりに目を閉じてやった。
 
  俺をキスから解放して、慣れた仕草で俺のシャツのボタンを外した城之内が、わざとなのだろう、俺の胸をインナーの上から舌で愛撫する。

「……クッ」
  塗れた唾液に透けたアンダーシャツを音を立てて吸われた。腰を抱いていた手がファスナーを降ろして、臍を擦るみたいに下着に掌を入れると顔をもたげた俺の雄を引きずり出す。カチャリと城之内が自分のベルトを床に捨てる音がした。焦るみたいに自分のファスナーを下ろしてるのがわかる。
  もう先が濡れて熱く反った城之内自身を自分のそこにすり寄せられて思わず目を開くと、身を強張らせて顔を上げた。
「ヒッ……!」
  抵抗するより先に両手の指先は城之内の指に絡め取られて、身動きがとれない。
「気持ち、い?」
  もっと、もっと、と、腰と一緒に押しつけてくる。生暖かい。
  擦り寄せて身を退いては、濡れた先っぽで俺の後ろを触れるだけみたいに軽く突いてくる。

「んッ………あ……」

 焦らされ続けて、どんどん高められて、なのにギリギリまではぐらかす。
「もっと、普通に」
  ハァ、と、ため息を漏らす薄く開いた下唇に柔らかく噛みつかれる。
「普通?」
  澄ました声なのに、やっぱりどこか熱っぽい。
「な、んで」
  まどろっこしい。もっと。もっとちゃんと。
「だってもっと色んな顔、すっげぇやらしい顔させてぇもん」
  甘ったるい声と言葉。お互い潤んだものを摺り合わせる音がして顔から火が出そうになる。
「克っ……也」
  もっとちゃんと愛撫して欲しい。擽るみたいに触られ続けて、もう気が変になりそうだった。
  絡められた指を強く握り返す。

 これぐらいでイかされそうになってる、俺は。こんなに感じやすい身体をしてただろうか?

「あー…ごめん。俺のがヤバい」
  子供みたいに無邪気な顔で笑いながら、絡めた指を解いて下着ごと俺の制服のズボンを引き下ろした。思わず腰をよがらせて城之内の背中に両手を回していた。制服を床に投げ捨てた手で、城之内が俺の膝を立たせるようにして両足をぐっと開く。恥ずかしくてつい顔を背けようとすると、片手を背中に回してべったりと身体を密着させてきた。
「…克也?」
  一瞬の沈黙に、名前を呼んだ。
  まるでそれが合図みたいに、焦るみたいな指が後ろから身体の内側に潜り込んできて、俺は息を呑みながら目を閉じる。城之内は前を摺り合わせる動きを早めながら、自分の熱を宥めるみたいに指を増やして俺を奥まで掻き回す。
「焦……ら…すな」
  されたくて。もっとこの男にいやらしいことをされたくて。
「うん」
  素直にそう返事した城之内は、慣らした指を全部抜くとそのまま両手で俺の膝裏を掴んで太股ごと腰を抱え上げた。そのまま反り返った雄を串ざすみたいに俺に突き立てて揺さぶってくる。
  その荒っぽいセックスに、つい泣くみたいな悲鳴を漏らすと慌てて宥めるみたいなキスが降ってきた。
「……好きだ。」
  熱っぽい告白を囁きながら、まるで孕ませるみたいに滾らせたものを中に注がれて、その後、俺が本気で泣きじゃくるまで、何度も何度も挑まれた。

 こいつは終わった後、いつも後ろから抱きかかえるみたいにして俺の下腹を撫でるんだ。
  久し振りにやってみて、ふとそんなことを思い出す。
  まるで妊婦の腹を撫でるみたいだと、俺は優しい手に自分の手を載せた。甘い手だな、と思う。少し陽に焼けた大きな手、節くれた長い指。
  いつもこの手は暖かい。触れられるといつもそこから自分の冷たい肌の上から、じんわりと熱い体温が流れ込んできた。
  肩口で城之内の寝息が聞こえてくる。それを聞いてると、いつもいつのまにか夢に落ちる。泥みたいに深い眠りの底にある夢はほんのりと暖かくて居心地がよかった。まるで肌に触れた城之内の体温みたいに。


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