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FLOWER
OF ROMANCE【asymmetry】/ 04
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| それから三日ほど経った金曜の夜。ここ何日か学校でも城之内がまとわりついてくることはなかったが、部屋に帰ってくるたびに、机の上に置いたままにしてる赤い缶が目に入って、オレは気分が重くなった。
忌々しい。
”兄サマ”
それを見ていると、俺を呼ぶ、モクバの声が聞こえたような気がした。この飴は好きじゃない。嫌いな映画を思い出す。
何ヶ月か前、そうだ、ちょうど春休みが始まる頃、施設で道徳教育の一環として、小学生の子供達に戦争映画を見せるというのがあった。オレがここに来た頃から毎年ずっとやってる行事で、今年は監督役の職員が急に休んでしまったせいで年長のオレがそのビデオの上映をまかされることになった。狭い談話室に子供達が集められて、テレビを囲んで思い思いに座りだすのを(目に悪いから)と下がらせたり、うるさくお喋りを始めるのを注意したりする煩わしい役目だ。
子供が揃ったところで、ビデオの再生スイッチを押して、後は子供達から少し離れた一番後ろの壁に立って、眺めていた。そして、出だしの「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」というセリフが耳に入った瞬間、オレの頭の中で危険信号がカチカチと点滅した。やばい。オレはこの映画は観たことがある。
そうは思ったものの、結局動くことすら出来ずに一時間半ほどの映画を子供達と一緒に見てしまった。
それは空襲で親も両親も失った兄妹が、孤児となり親戚の家に身を寄せるものの、邪魔者扱いされてそこを後にして二人で防空壕暮らしを始めるところから物語が始まった。が、結局は幼い兄弟が生き抜くことができるような現実は戦中・戦後の動乱に揺れるそこにはなく最後に兄は妹を死なせ、自らも死を迎えるという話だった。
見終わった子供達が至るところで泣きながら、オレにしがみつきながら、「戦争って本当にあるの?」「どうして子供なのにごはんがもらえないの?」「なんで死んじゃうの?」とわんわん泣きながら聞いてくる。どうして?なぁぜ?のオンパレードだ。
やられた。今日休んだ職員はこれから逃げたんだな。流す映画のタイトルを聞いていたら、オレもこんな役は引き受けなかった。親がいないからこんな場所で生活してるような子供達に見せるには、ヘビィすぎる内容だった。どんな悪趣味な人間がセレクトしたんだ。
子供達の泣き声に囲まれてオレはフッと我に返る。落ち着け。しっかりしないか。
「…泣くな!」
強い口調でそう叫ぶと、ビクッとした子供達が、水を打ったように静かになる。
「戦争で子供が死なないでいい世の中を作っていくのはおまえ達だ!ああいう世の中を迎えない努力をするのは、これからの人間なんだ!!」
ぽかーんとした顔でオレを見上げる子供達の顔を見て、急に恥ずかしくなった。らしくないな。こういうのは、オレが口にするようなセリフじゃない。虫酸が走るような綺麗事は、黄色い頭のあいつみたいなのこそがお似合いなんだ。
「上映は終了。各自解散!」
そう言って、子供達が泣いている間に巻戻ったビデオを取り出して元通りのケースに戻す。オレは事務室でのんきに歌番組を見ている夜勤の職員にビデオケースを無言で渡した。
あの夜から、もうずっと考えてる。
あの映画は確かもっと小さい頃に初めて見たんだ。まだ父親が生きていた頃、夏休みでモクバは今よりもっと小さかった。家政婦が作る夕食を食べながら、仕事で帰りの遅い父親を待っていた。モクバが途中でワンワンと泣き出して、最後の方はうろ覚えになっていた。話の内容がわかるような歳じゃなかったはずなのに、あの頃すでにモクバは『人が死ぬ』という事の意味を理解していた。『死ぬ』ということは、もう二度と逢うことがないということをちゃんと知っていたんだ。
なんでこの映画には、こんなに冷たい大人しか出てこないんだろう。
そう思いながら哀しいよりも怒りがこみ上げていた小さな自分自身を思い出す。何時の時代も、子供の叫びはどうして神様にきちんと届かないんだろう。わかったような気になっていた、あの頃の自分はそれでもちゃんと守ってくれる親がいた。
『理不尽』なんて言葉の本当の意味を、まだ身をもって知ることがなかった幸せな時代。
高校生になってもう一度見たその映画は、子どもの頃に見たそれと、見る側としての視線の高さが随分変わってしまっていた。
子どもの頃に見た時には共感出来た主人公に、まるでそういう気持ちを抱けなかった。むしろ吐き気がしたくらいだ。自由とエゴの境界線で断裁されたその感傷。
両親が死に、親戚をたらい回しにされたあげくに施設に放り込まれた自分達に、その映画の中の幼い子ども達を重ねるなという方がどだい無理な話で。
映画のクライマックス、主人公の小さな妹は、大人の手を借りずに兄の手ひとつで作った防空壕の東屋の陰りで息を引き取った。何が正しくて、何が正しくないことなのか。
ふと自分の身を振りかえてみれば、余計に答えが見えなくなった。
自分の小さな弟は、遠く離れた町で暮らしている。今やもう同じ名字を名乗ることのない弟と自分を隔ててしまったものについて思いを巡らせる。隙あらばあの場所から弟を奪い返すことばかり考えていた自分をそこで振りかえってしまった。
「モクバ……」
どうすることがいったいなにより一番、オマエが幸せになれる未来に続くというのだろう。
そう考えると、笑えなくなった。
モクバの顔を見ても、無意識にそう言うことばかり考えて、上の空な言葉しか返せなくなっていたんだろう
だからモクバは、オレにあんなことを言ったんだ。
(どうして兄サマ、オレには笑ってくれないの?)
言葉の迷路に迷い込んでしまったオレは、どうしていいのかわからずに、ただモクバから距離を置くことばかり考えた。
* * *
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