hard to say
act08

「久し振りだなァ、王サマ」
 
 雪よりも白くて長い髪。血の色よりも暗い深紅の瞳。長身に細身、遊牧民(ベドウィン)を思わせるような黒の民族衣装に身を包み、髪の色を隠すように頭上から黒のショールのようなモノを被っている。
 
 危なげな印象ばかりが先立つような        男の名前は”バクラ”といった。
 
* * *
 
 武藤遊戯は昼と夜の二つの顔を持ちあわせている。
 
 昼間はこの童実野町を三分するといわれる勢力のひとつといわれる武藤家の当主に相応しい駆け引きと策略に長けた大人びた人格。そして夜にはその年齢より随分幼く見える、無邪気であどけない人格が彼の肉体を支配した。
 まるで合わせ鏡のようなそれは時計の二つの針が垂直になる時間に入れ替わるのだと人々に囁かれ、そして殆ど眠ることのないその肉体には計り知れないエネルギーが犇めいているとも囁かれる。
 昼夜を入れ替わる二つの顔。それは武藤の正統な後継者のみに受け継がれる特性だとこの街では古くから人づてに言い伝えられていた。
        時刻はちょうど夕方の五時。もうすぐ彼らが入れ替わる時がやってくるというのに。
 
「いったいオレ様に何の用だァ?」
 
 高層ビルの最上階にあるその部屋は、部屋というよりは森の様相を呈していて、高い天井に届くほどの針葉樹が辺り一面に植えられていた。
 床にはホログラムなのだろう、一面の雪が降り積もっている。
 
 深い緑と雪の白のコントラスト。 
 
 部屋の中央に丸くタンポポ色の絨毯が敷かれた空間があり、そこには絨毯と臙脂色したビロードの布地を張ったアンティークのソファーセットが置かれている。 他に家具らしい家具もない。雪化粧した森の中にぽつんと咲いた花みたいな空間だった。
 
「お前を呼び出したのは相棒の方だ。来る時間を間違えてるぜ」
 黒の開襟シャツに象牙色のスーツ。ふんぞり返るみたいな姿勢でソファーに腰掛けている遊戯は、不躾な客を一瞥してそう言った。
 
「そんなこたぁオレ様には関係ねぇなぁ。あんたも”武藤”遊戯には違いねぇんだろう?」
 そう悪態をついた後、同じ唇で(喉が渇いたんだがなぁ)と続けるバクラに、遊戯がパチンと指を鳴らすと、黒い魔術師のような衣装を着た膝下程度の大きさしかない人形がフワフワとどこからともなく揺らめくようにテーブルに近づいてきた。
 トレイにはなみなみと白ワインが注がれた切り子のデキャンタとグラスが行儀よく載せられている。それと共にデキャンタと同じカッティングが施された小鉢があり、そこには深紅の生ラズベリーが小山と盛られている。
「相棒から預かっているのはコレだ」
 遊戯はまだ自分の横に残っていたワインを運んでいた自動人形のポケットから、二つに折りたたんだ封筒を取り出してそのままそれを机の上にポイッと置いた。
「やっぱりわかってんじゃねぇかよ」
 チッと舌先を下品に鳴らして封筒を掴む。
 バクラは片手でラズベリーの実を口に運びながら、金色蝋のシーリングが施されたその封を剥がすように開いた。 瞬間、甘酸っぱい味覚に唇の端を歪めてるような仕草をする。
 
・・・中から出てきたのは一枚の立体写真。
 隠し撮りのような一枚。ホログラムの少年は長い黒髪だった。
 
「この子供を捜し出してもらいたい。一刻も早く、だ」
 机の上にぱさりと置かれた写真の上で、半透明の立体映像はくるくると回るように見える。
「こりゃ厄介な探しもんだな・・・」
 バクラは民族衣装の胸もとから、一枚の写真を引き抜いてぱらりと同じの机の上に投げ出した。
「コイツは昨日の夜、オレ様を狩ろうとしたハンターが持ってた立体写真だ。プロの自動人形狩りの連中だ。俺サマが誰だかわかってて捜せって言ってんのかぁ?王サマはよぉ!」
 
 机の上で初めの一枚と同じように回り出したのは、まったく同じホログラムだった。
「海馬モクバ       海馬の当主が血眼になって捜してる、ヤツの実弟だ」
 おっくうに机の上のグラスに遊戯が手を伸ばすと、まだ机の横にいた魔術師の自動人形がデキャンタの中身をそのグラスへと綺麗に注いだ。
 
「断る」
 キッパリとそう言ったバクラは、すっとソファから立ち上がった。
「今回の報酬は金じゃないぜ?」
 踵を返そうとするその背中に鋭い声が飛ぶ。
「・・・オレ様は”海馬”に手を貸すような真似はしねぇ。それはあんただって十分わかってるはずじゃねぇのか?」
 振り返ったバクラをジッと見つめて、遊戯は自分のスーツの胸ことから、もう一枚の立体写真を取り出してまた机の上に置いた。
「・・・チッ!」
 忌々しそうにバクラがそう吐き捨てた。
 
「情報交換らしいぜ?」
 机の上に新しく回り出したのは、遊戯の目の前にいるバクラと面差しのよく似た・・・むしろ本人としか思えないホログラムだった。ただ、バクラにしてはどこか物腰がやわらかくみえるそのホログラムをバクラは掴むみたいにして取り上げる。
「くだんねぇ       ”了”はオレ様が自分で捕まえねぇと意味がねぇんだよ!」
 そのまま写真を破こうとして・・・破けずにまた舌打ちしてガサッと乱暴に自分の胸元にしまい込んだ。
 
「・・・今回だけ、だ。なにかわかったらまたここに来る。今度は月が出てる時間に、だ。もう一人の遊戯にはそう伝えておけ!」
 
 そういってバクラは今度こそ、遊戯を背に出口の扉に向かって歩き出した。
 
 部屋の主人が入れ替わる時間を告げる古時計の鳴る音が部屋に響き終わる前に、黒装束の男は白銀の森から姿を消した。
 
 
* * *


  まだ出来てない・・・・。