こぎつねと猟師
* * *
「…起きたのか?」
目を開けると、こぎつねは囲炉裏の端で眠っていました。
「おまえ、よく寝たなぁ」
寝ぼけた頭で顔を上げると、鼻がぶつかるくらい近くに子供の顔があります。こぎつねは(変わったやつだな、にんげんってこんなだったかな?)と首を傾げました。
そして横たわったまま、おそるおそる両手を伸ばして、子供の頬をぺたぺたと触ってみたのです。
「あたたかいな」
目を細めながら顔を近づけてこぎつねがそう言うと、目の前の子供は顔を赤くしました。
濡れていた着物は、ほとんど乾いています。帯がぐちゃぐちゃになって着崩れているのが気持ち悪くて、こぎつねは山吹色の帯を自分で解こうとしました。
「わ!脱ぐなって!!」
さらに顔を赤くした子供が止めようとしたときには、山吹色の帯は白い着物ごと床にほどけ落ちてたのですが。
「え?あ・・れ」
すっぱだかになった寒さに座り込んだこぎつねに、茫然とした顔の子供が口を開きました。
「おまえぇ…男のくせに、そんな帯しめてんのかよ〜」
なんだかガッカリしたような声を出されて、こぎつねはムッとしました。
「うるさい。さむい。はらがへった。」
そういうと、子供は用意してあったとおぼしきかすりの着物と濃紺の帯を手渡します。
「”オレのしかねぇから”って思ったんだけど、男ならこれでいいよな?」
こぎつねハダカのままでそれを受け取りましたが、それをどう着ればいいのかさっぱりこぎつねにはわかりません。
「おまえが着せろ」
そう言って受け取った着物を子供に押し返すと、子供はなにか言い返そうとして、でもなにも言わずに口を閉じました。
あきらめた顔で子供がこぎつねに着物を着せ終わると、こぎつねは子供の首にギュウッと両腕を絡めて、くんくんとその首筋で鼻を鳴らします。
「わ!わ!わ!」
オロオロする子供にべったりと身体を寄せるとぽかぽか暖かくて、そのぬくもりに擦り寄るみたいに、ぎゅうっと抱きつきました。さっき負ぶってここまで連れてこられたときにもそうしたから、この子供の身体がうんと暖かいことをこぎつねは知っていたのです。
「おまえさぁー…」
冷えたこぎつねの身体が子供の体温を十分に奪った頃、やっと子供からスルリと子供の背中に廻した腕をときました。
「…もうかえる」
子供の身体から、スゥッと暖かい空気がこぎつねの身体ごと遠ざかります。
思わず抱き寄せるような仕草をしそうになった頃にはもう、こぎつねの姿は土間の引き戸の向こうに消えていたのです。
* * *
「おかしなヤツ!おかしなヤツ!」
クスクスと笑いながら、こぎつねはご機嫌な様子でもと来た山道を歩いて戻っていきました。もうすっかり陽は暮れて、暗闇の草陰からはリー、リー、と虫の音が聞こえます。
子供に着せられたかすりの着物はさっきまで身につけてた絹の着物とちがってごわごわしました。でもひだまりみたいな匂いがしました。こぎつねはフワフワと歩いきながら、自分がどうしてこんなところまで降りてきたのかを思い出したのです。
「あ!」
振りかえると、山道のうんと向こうに小さな家の灯りが見えました。さっきまでいたあの子供がいる家です。ゆらゆらと揺れるような光りが灯る村合で、一番手前にある家でした。
なんだろう。
なんでこんなにも離れがたいんだろう。
こぎつねは自分の初めの目的を忘れかけていたのですが、その離れがたさに、自分の着物の裾を引っぱっていた、あの小さな手の温もりを思い出しました。
………また明日、来ればいいさ。
あの山吹色の花が散るまでまだ時間はあるのだ。
記憶の向こう側で自分を呼ぶ甘い声が、さっきの子供の明るい声に重なりながら、背にした灯りのようにゆらゆらと遠ざかっていきました。