青天の霹靂
act.7

「…目は覚めたか?」

 ペシャッ、と濡らしたタオルをその額に叩きつける。
「…あれ…?ここは…」
  寝ぼけたような声を出す城之内だったが、どうやら無事な様子でホッとした。地面に後ろ向きに倒れ込んだから、おかしなことになってるんじゃないかと思って肝を冷やしたからだ。
  もう落ち着いたモクバを寝かしつけた後、城之内を運ばせたこの部屋に来た。こいつは頭を打った後も少しは意識があったから、救急車をすぐに呼ぶことなくベッドに横にならせて様子を見ていたのだ。

「礼を言う。貴様がクッションになったおかげで、弟は怪我ひとつせずに済んだ」
  そう言うと、包帯男は口元に笑みを浮かべて、最後はゲラゲラと笑い出した。
「…何が可笑しいっ!」
  馬鹿にされているような気分になってそう叫ぶと、ゴメンゴメン、と手をひらつかせた。
「それさぁ〜。オマエ、人に礼言う態度じゃねぇって!」
  別にいいけど、それが地なんだ?と、笑いながら話し続ける城之内にカッとなる。
「迷惑を掛けたと謝ってやってるんだぞ?!」
  貴様ごときに!この俺が!!
  そう叫ぶと更に深くなった笑い声に耐えかねて、俺は立ち上がって城之内を寝かせていた客間から出て行こうとする。
「…あ、ちょっと待てよ!」
  横たえていた身体を起こして手を伸ばす。
  なぜか胸がドクン、と音を立てた。

(な…?)

 伸ばされた手が、ひらひら揺れて、おいでおいでと呼んでいる。
  どこか甘ったるい印象の顔に似合わない、大きな手だと思った。

「…もうちょっとだけ側にいてくれよ。もう笑ったりしねぇから」
  そんな声をどうして聞いてしまったんだろう。
  だいたいどうして、俺がこんなヤツの看病じみたことをしてやらなければならないのか。
「あのさ、手…」
  俺が戻ってた気配を感じたのか、呟くようにそういった。
「ちょっとだけ握らせてくれよ」
  別に他意はない。確かに世話になったのだからと思って言われたとおりに伸ばした手を、城之内の指先が絡め取る。

「はは。細せぇ指。きっと白くて綺麗な手なんだろ」
  そう言われて、奇妙に照れくさい気持ちになって指を引っ込めようとしたらギュッと掴まれた。
「おい」
  牽制するように声を上げると、口元に柔らかい笑みを浮かべて夢見るような声で男はこんなことを言う。
「オレが寝るまででいいから、ちょっとだけこうしてくれねぇ?さっき額にタオル当ててくれたの、すげー気持ちよかったんだ…」

 そういう間にも、城之内の高い体温が、じわじわと俺の指先を浸食していくみたいだった。

「…おかしなヤツだな」
  願う言葉と共に城之内は眠りに誘われるようにゆっくりと寝息を吐き出した。
  しばらくして指先を掴んだ手の力がゆるんだ頃合いを見計らい、俺は城之内から離れて部屋の外に出た。

 自分の寝室に戻ってベッドに潜り込んでも、さっきまで掴まれていた指先には、自分のものではない熱が残っているようで身体の奥で何かがざわめき出す気配のようなものを感じながらゆっくりとその夜は眠りについた。


***