そんなことがあったせいか、俺は翌日から城之内相手に芝居がかった会話をするのを止めてしまった。
そのことに深く触れるわけでもなく、まるで当然のように言葉を返す城之内は、屋敷の中にあってもそんなに忌々しく思うこともなくなる程度に俺の中でその存在が格上げされた。
そして、「毎日することがなくて退屈だから何か仕事をさせてくれないか」という城之内に、屋敷中の銀製品を磨かせることにした。別にそんなことをしてもらう必要はないのだが、自由と暇の意識の違いは経営者としてよく理解しているから、試しにやらせることにしたのだ。銀磨きなら、目が見えなくてもそんなに支障がある仕事でもない。
昨日に引き続いて城之内は飽きもせずに俺が与えたその仕事をこなしている。
もう半分は磨き終わったのではないだろうか、結構な量だったのに、光が眩しいリビングルームのローテーブルに積み上げてあった食器は、もう残りわずかとなっていた。
殆どの論文を読み終えた俺は、書庫で見つけた昔読んでいた文庫本を手に、慣れない仕事に汗を流す男の向かいの長椅子に凭れるように座った。初めのうちはまだ憶えているストーリーをさらりと追うように文庫本をめくっていたが、そのうち飽
きてきて、途中からは向かいで銀食器を磨く凡骨の手を眺めていた。
俺がいることに気づいているのかいないののか、どうせすぐに飽きていい加減な仕事をし出すと思っていたのに、その思惑に反して城之内は単調な動作を手を抜かずに続けていた。
指が長くて大きな手だ。陽に焼けた肌、短く切りそろえられた爪は血色のいい色をしている。ああ、まるでピアニストのようだな、と思う。
気にくわない男だったが、その手は美しいと思った。
日に焼けた長い指が、銀磨きのクロスと共に皿の上を滑っていく。
どうせこいつには何も見えないんだ。自分の家で遠慮をする必要もない。
そう思って、城之内が銀食器を磨く姿を眺めたまま、長椅子に身体を横たえて楽な姿勢をとる。
瞼を閉じても動く指先が見えるようだった。休むことなく動くその姿は、まるでなにか音楽を奏でるために動いているようだと思った。
「…寝たのか?」
半分夢見心地で聞いたのは、静かで優しい声色をしていた。